陶酔…8


 優希がいない、と鳥井から連絡を受け、急いで戻った三科は優希の部屋で破り捨てられた手紙を見つけた。
「ってことは、父親関連か」
 他に手がかりを求めて探すと、第二志望の合格通知が無い事に気付く。
 携帯を取り出し、金城に車を回しておけと命じ、室内を見回す。
(またなにか、一人で抱え込んでるのか)

 ――打ち明けて欲しい。一人で持つには重たすぎるものなら、俺にも持たせて欲しい。

 三科は珍しく眉を顰め、急いた足取りで停車中の車に乗り込んだ。
「オヤジ、あては有るんですか」
「第二志望の高校だ。早く出せ」
 舌打ち交じりに高校の名前を口にすると、金城は既に覚えていた様子で、直ぐに車を走らせる。
 雨脚は強まり、激しさを増していた。
 やがて正門前に到着したが、優希は見当たらない。
 この付近に居る筈だ、と言い残し、金城が差し出した傘も手で制して、余裕無く走り出す。
 こんな雨の中、必死になって走り回るなんて何年ぶりか。
 普段の柔らかい表情は無く、三科は焦りの色を見せ、切羽詰まった顔つきで。
 普段通り適当に相手をしていれば良いのに、優希が相手だと、それが出来ない。
 もっと色んな表情が見たい、もっと優希を知りたい。
 叶うなら――、
 そこまで考えた三科の前方に、優希が佇んでいる。
 三科は息を整えて歩み寄り、優希の肩を出来るだけ優しく掴んだ。
「ゆーきくん、捜したよ」
 声を掛けたが、優希はうつむいたまま、まるで殻の中に閉じこもっている様子で。
「おーい、ゆーきくん? ……3秒以内に僕のほう見ないと、キスするよ?」
 3秒数えることもせず、優希の顔を上向かせ、三科は強引に唇を重ねた。
「ん……んんっ、……ふ、ん……んっ!?」
 どさくさに紛れて舌を入れ、優希の舌を絡めとる。
 あまりの衝撃的な行為に、優希は我に返り、目を見開いた。
 それを合図に、三科は唇を離す。
「心配したんだよ。なにが有ったの?」
「三科さん……お、俺、俺……まだ、親父との繋がりを求めてた」

 それが、どれほど惨めな想いだろうか。
 捨てられても諦められず、繋がりを探して、その繋がりに必死にしがみついて。
 優希の心情を思うと、まるで自分の事のように、心が揺らぐ。

「俺、道を決めてて……自分が死ぬ時に人生振り返って、自分が選んだ道を進んだって満足する気で……でももう、俺にはなにも残ってない……もう、道が途切れて進めなくて……」
 雨音で聞き逃さないように、三科は耳を澄まし、嗚咽まじりの優希の言葉を聞く。
 三科は雨に濡れながらも、和やかな表情を崩さず、優希に対し微笑んだ。
「回り道でも曲がり道でも新しく作って、進める道にしたらいいじゃない。僕もキミの道に入れて、歩かせてよ。一緒に」
 まるで告白のような言葉を受け、頬が熱くなる。
 携帯の着信音が響き、三科が電話をとっても優希は赤くなって顔を背けていた。
「金城? ああ、見つかった。そっちに戻る、タオル用意しといて……おっと、ゆーきくん、どうしたの」
 電話中の三科の背中に、優希が抱き着いた。
「……三科さん……好き……です……」
 か細く弱々しい声は、激しい雨の音に掻き消される。
「うん? ごめん、今なにか言った? 雨の音で聞こえないな……早く車に戻ろうか」
 三科は優希を連れて、急ぎ足で車に戻った。
 金城の用意は早く、三科と優希が後部座席に乗り込むと、タオルを差し出してきた。
 片手で自分の頭を雑に拭いてから、三科は優希の頭を優しく拭いてやる。
「それでさっき、なんて言ったの?」
 問われたが、優希はこの想いを二度と口にしてはいけない、と。
 今度はちゃんと自制心が働き、一息吐く。
「お礼を……三科さん、ありがとうございます、って言いました。皆さんにも、ご心配おかけしました。申し訳ありません」
 深々と頭を下げて、迷惑を掛けた事を謝った。



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