陶酔…10


 風呂場での件があって以来、三科はなにもして来ないし、添い寝もしなくなった。
 たまに頬や髪に触れはするが、その度に優希の牡が反応してしまっても、そこに決して触れない。

 本当は、触れて欲しい。
 でも、揶揄や興味本位で、触れて欲しくは無い。

 缶コーヒーを片手に、校舎内にある中庭のベンチに座り、思考を巡らせながらコーヒーを飲む。
 一時はどうなる事かと思ったが、無事に高校生になれた実感と喜びを?みしめる間もなく、大きな悩みに直面していた。
 三科への恋心が、日を過ごすごとに深まっている、そんな自分に嫌気がさす。

 ヤクザと関わる人生は望んでいなかったが、三科と、住み込みの人達は自分が抱いていたヤクザのイメージとは大分異なっている。
(特に、鳥井さんは近所のお兄さんって感じだもんな)
 ひたすらに明るく、色んなスポーツで遊んでくれる鳥井を思い出して、思わず笑みが零れる。
 が、笑みは直ぐに消え、校舎を見て、優希は溜め息を吐いた。
 学費も他に必要な費用も、三科が払ってくれているんだろう。
 でなければ、親が行方知れずで借金取りから追われている自分が、のうのうと高校生活を堪能出来る筈が無い。
 一体どういう方法を使っているのかと疑問を抱くが、高校生になったばかりの自分はまだ子供過ぎて、理解出来る気がしない。
「三科さん……」
 今一番、自分の頭を悩ませている存在を思い浮かべ、重々しい溜め息が出てしまう。
 どうして添い寝までしなくなったのか。それに、帰宅時間も遅くて、顔を合わせる機会も少なくなった。
「もしかして……俺が嫌になった?」
 三科はゲイでは無いと、以前、彼から直接聞かされた。
 なのに、あの日、風呂場であんなことをして……。
 少し思い出しただけで、全身の熱が急激に上がる。

「俺が怖がり過ぎたとか。情けない俺に幻滅して萎えたとか。予想してた好みの反応を俺がしなかった、とか? ……興味本位で触ってみたらやっぱり興奮しなかった、が一番有力か?」
 ブツブツと一人呟き、頭を抱える。
「いや、いいんだ。これで。俺の道は、誰かと一緒には歩かない道なんだし」
 自分に言い聞かせるように呟いて、目を伏せる。

『僕もキミの道に入れて、歩かせてよ。一緒に』

 ――そう言ってくれた時はほんとうに、心底、嬉しかったんだ。
 ――それだけで、もう充分じゃないか。これ以上、欲したら、きっと罰があたる。

 気持ちを切り替える為、両頬を両手で叩く。
 息を大きく吸ってから吐き、空になった缶をゴミ箱に捨て、迎えの車が停められているであろう駐車場へ走った。


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