Sweet Valentine Night…15

「云っただろう、今朝の分も兼ねて…と」
 下唇をうっすらと舐めながら、意地悪く笑う彰人の姿に、葵の心が震えた。
 抵抗感は有るが、それよりも甘い期待感に、身体の奥底がひどく疼く。

(このお父様、キチク過ぎるよ…)
 一瞬そう考えるが、乳頭を摘まれて転がされると、それだけで溶けそうな愉悦感に包まれてしまう。
 薬の効き目は弱まる気配も見せず、次第に何も考えられなくなった葵は
 快楽に溺れるように甘い声を響かせ、求めるように彰人の名を繰り返した―――。



 浴室から響いて来る水音に耳を澄ましながら、葵は広いベッドの上でぐったりと横になっていた。
 毛布を頭までかぶり、枕に顔を押し付けたままピクリとも動かない。
 薬の効果が切れるまで何度も行為を繰り返した所為で、動くのすら億劫だった。
 途中から性器を塞き止められて泣きじゃくった為、目蓋も重い。
 その上、彰人が放った白濁を浴室で掻き出されて、つい先程まで散々泣かされたのだ。

(何で彰人って、オジサンの癖にあんなタフなの…)
 自分をベッドの上まで抱えて、浴室に戻って行った彰人は、疲れた様子も無かった。
 彰人より若い自分は、動く事すら億劫な程の疲労感に苛まれていると云うのに。
 少し不満を抱いていると、響いていた水音が止まり、少し間を開けてから扉の開く音が聞こえた。

「葵、動けそうか?」
 静寂の室内に、低く魅力的な声が響くが、葵は答えようとしない。
 少し濡れた髪を掻き上げた彰人は、机上の小さな紙袋を手にして歩み寄り、
 サイドテーブルへそれを静かに置いてベッド上へ腰を下ろす。
 もう一度葵の名を呼ぶと、ようやく相手は不満そうな顔を向けた。

「動ける訳…無いよ。腰も下も痛いし、目蓋もすっごく重いし…」
「目蓋が重いのは、動けない事とは関係無いだろう、」
 指摘された事に葵は少し頬を膨らませ、バスローブ姿の彰人を睨むように見つめる。
 だが、うっすらと濡れた髪や打ち合いから見える鎖骨や、男らしい広い胸に葵は思わず欲情し掛けてしまう。
 あれ程たっぷりと、彰人に啼かされたにも関わらず、まだ身体が熱くなる自分が信じられない。
 慌てて視線を逸らす葵の頭を、彰人はゆっくりと撫でてやる。
「まあいい。明日になっても動けなかったら、もう一泊すれば良いだけだ」
「えっ」
 撫でられる感触に浸り掛けていた葵は、耳にした言葉に驚きの声を上げる。
 ゆっくりと過ごせるのは今日一日だけで、明日の朝になれば
 彰人は仕事に行ってしまうとばかり、葵は思っていた。
「し、仕事は…?」
「一応、片付けて有る。休暇が無ければ、お前の傍でゆっくりとしていられないからな、」
 触り心地を堪能するように、葵の髪を梳いて指に絡める。
 何でも無い事のように告げるが、多忙な彰人が休みを取るには
 予定をかなり詰めなければいけないと云う事ぐらい、葵にも分かる。
 此処の所、毎日のように朝帰りをして忙しそうだったのはもしかして
 たった二日の休みを取る為だったのかと考え、葵の胸は少しばかり締め付けられる。

「彰人、大変なのに…僕、勘違いして朝から喧嘩しちゃって…ごめんなさい、」
 悲しそうに眼を伏せて謝罪を零す葵に、彰人は軽い溜め息を零す。
 溜め息を吐かれた事に葵の肩は少し跳ね、やはり彰人は気を悪くしているのだと考える。

「私にも責められるべき点は有る。…お前一人が悪い訳では無いよ」
「え…な、何で?だって、話も聞かずに勝手に飛び出した僕が…」
 云い掛けた言葉は、彰人が唇に指を当てて来た事で、見失ってしまう。
「お前が取り乱した時、抱き締めるより先に云うべきだった。全く、私らしくも無い…」
 自分に呆れているような彰人を、葵は不思議そうに見上げる。
 話の通りなら、確かに彰人らしくも無いけれど、何か理由が有るのでは無いかと葵は考えた。

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