Sweet Valentine Night…16

「…なんで?」
 じっと見つめながら尋ねると、彰人は多少云い難そうに、一度視線を逸らした。
 珍しく参っているようなその態度に、葵はゆっくりと身体を起こす。
「ねぇ、彰人?どうして、」
 気になって仕方が無いと云ったように、葵は彰人の横に詰め寄って尋ねる。
 すると彰人は観念したように深い溜め息を一度零し、唐突に葵の身体を抱き寄せた。
「流石の私も、疲れていたからな。お前を抱き締めて、ゆっくり休んだ後に云うつもりだった。
……お前を抱き締めると、疲れも和らぐ」

 耳元で囁かれ、その上きつく抱き締められ、カァッと熱が上がる。
 背中を優しく撫でられる感触に鼓動が速まり、葵は否定するようにかぶりを振った。
「そ、そんな…抱き締めただけで、疲労が無くなる訳…」
「私の場合は、心の疲れが和らげば十分だからな、」
 きっぱりと答える彰人に、葵は少しばかり眼を見開く。

 それは、つまり……
 自分は少しでも、彰人の癒しになっているのだろうか?

「……僕ってもしかして、彰人の心の支えみたいな、もの?」
「此処まで云って気付かないようでは、鈍いにも程が有るぞ、」
 クスクスと甘く笑いながら、彰人は近くのサイドテーブルへと手を伸ばす。
 恥ずかしそうに視線を落としている葵には、彰人が紙袋の中から小さな箱を取り出した事など、気付かない。
「…兎に角、今回の事は私にも非が有るからな。お前は自分を責めなくても、いいと云う事だ」
「彰人…ッ」
 彰人の科白に感極まった葵は、名を呼ぶと直ぐ様、彰人の首へ腕を回して抱き付く。
 自責をさせないようにしてくれた彰人の優しさがあまりにも嬉しく、葵は彰人の肩口に顔をすり寄せる。
 本当に彰人は大人なのだと、葵はつくづく思う。
 喧嘩をしても仲を戻す切っ掛けをくれるのはいつも彰人だし、
 素直に謝ればいつだって許してくれる程に、心が広い。

「彰人、好き…大好き、」
 想いを口にし、顔を上げて葵は自ら、彰人の形のいい唇へと口付ける。
 触れるだけの軽い口付けに彰人は薄く笑い、葵の背を片手で幾度も撫で上げた。
「……キスをするなら、こっちの方が好い」
 唇を離した葵に向けて、低い声音で少し意味有りげに囁き、片手に持った小さな箱を葵に見せる。
 微かに甘い匂いのするそれを見た葵は、慌てたように紙袋を眼で探す。
 だが傍のサイドテーブルの上に有るのを発見すると、
 彰人の手に有るものは、やはり自分が用意したものだと云う事が理解出来た。
 彰人は断りもせずに蓋を開け、中から取り出した一口サイズのチョコを、眼を細めて眺めた。

「勿論手作り…だろう?」
 細く眇めた双眸が向けられ、思わず赤面しながら葵は頷く。
 それを見て彰人は、唇の片隅をうっすらと上げてチョコを口に含み、葵の唇へと口付ける。
「んっ…ふ…、」
 押し込むように彰人の舌が口腔へ侵入し、葵の熱を上げた。
 けれど葵は逃げる様子も無く、自らも彰人の舌を舐め、軽く吸い付いて来る。
 甘さと感触を堪能するように彰人は葵の舌を絡め取り、深く貪った。

「…美味いな。こう云う食べ方の方が、やはり好ましい。……キスも、な」
 ゆっくりと舌を抜き去られ、陶酔している葵の口元で、彰人が甘く囁く。
 傍で囁かれると葵は耳まで赤く染めながら、隙の無い、精悍で整った顔の彰人に見惚れる。
 惚けている葵に気付くと彰人は可笑しそうに笑い、箱から取り出したチョコを葵の唇へと挟ませた。
「葵、じっとしていろ…」
 ゾクゾクする程、性的な魅力の有る声が耳奥まで響き、葵の身体を熱くさせる。
 熱を上げる葵を更に抱き寄せて身体を密着させ、顎をそっと
 掬い上げて固定すると、唇に挟ませた甘い固形を舐め上げた。
 その行動に欲を刺激された葵が、物欲しそうな色を瞳に浮かべると
 彰人は愉しそうにクスクスと笑い、深く唇を重ねる。


 甘い時間に浸るように二人は唇を重ね合わせて―――――

 芯から蕩けてしまいそうな程の甘い口付けを、何度も交わし続けた。



終。

15 / 後書き