『 I miss you 』
「彰人の馬鹿ッ」
目覚めた途端、僕が一番に発した言葉はそれだった。
ソファの上で半身を起こして玄関を見つめ、盛大な溜め息を一つ零す。
ここ最近ベッドじゃなくソファで寝ているのは、恋人が帰って来たらすぐ気付けるようにとの理由からだ。
此処からだと玄関が良く見えるし、恋人が帰って来た時に僕が寝ていても、すぐに起きれる自信が有る。
だけどあの人は、昨夜も戻って来なかった。
部屋の中を何度も見回すけれど、僕の求める姿は何処にも無く、静まり返った空間は余計に寂しさを強まらせる。
堪らずにテレビのリモコンを手にし、電源を点けて朝のニュースを眺めるものの
新聞を解説するコーナーに切り替わった画面を前にして、再度溜め息を一つ。
解説者はあの有名大企業、藤堂グループが近日中に発売する、話題のゲーム機について熱く語っている。
解像度が大幅に増えたGPU、メインプロセッサやコントローラの機能等、今までのゲーム機とは異なって大きく進化した為、注目の的となっているらしい。
僕には良く分からないけれど、友人の雪之丞が嬉々としてそう語っていたし、解説者も似たような事を口にしている。
藤堂グループは家電を中心にゲームや音楽、金融等にも進出し、何れも成功を果たして他社に大きく差を付け
今では知らない人は珍しいと言われる程、有名になっていて………僕の恋人は、そこの社長サマだ。
だから、ゲーム機の話だろうと藤堂グループの名前が出れば、彼の事を強く思い出してしまう訳で。
「寂しいよ、彰人…」
彰人が居ない家は静か過ぎて、ひどく冷たく感じる。
膝の上に顔を埋めて思わず呟くけれど、魅力的な低い声音を返してくれるあの人は、此処には居ない。
彰人に会わせて欲しいと、何度か社長専属秘書の坂井に電話をしたけれど駄目だったし、肝心の彰人の携帯は絶対に繋がらない。
別に多くは求めて居ないし、僕が欲しいのは何時だって平凡な幸せってヤツなのに……それすらも、許されないんだろうか。
彰人が戻って来なくなって、もう二週間だ。しかもこの二週間、電話なんて一回も掛かって来なかった。
多忙で家に帰って来ない時は何度も有ったけれど、こんな事は今まで一度も無い。
もう僕は、必要じゃないのかな…なんて、考えてしまう。
物事を悪い方に考えちゃうのは僕の悪い癖だけれど、二週間も姿は見ていないし声すら聞いていないのだから、そんな考えに走ってしまうのも無理は無いと思う。
「ずっと一緒に居たから、嫌になったのかな…」
ぽつりと零れた自分の声に、泣きそうになった。
気分を紛らわそうと顔を上げれば、画面はいつの間にか、天気予報に切り替わっていた。
端の方に映っている時刻を確認して、学校へ行く仕度をする為に動き出す。
落ち込んでいる所為か、気分はひどく憂鬱で身体も怠かったけれど、休む気にはなれない。
こう云う時に一人になると、暗い考えばかりが頭を過ぎって、更に気分が沈んでしまうもの。
休日だった昨日なんて、もしかして彰人に嫌われちゃったのかもと考えて泣いてしまった程、心が駄目になっていた。
自分の失態を思い出し、三度目の溜め息を零した瞬間、電話の呼び出し音が鳴り響く。
―――――これが彰人だったら、どれだけ嬉しいだろう。でも、彰人は電話をして来るような人じゃない。
やけに煩く感じる呼び出し音に、まるで引かれるように足を進めながら、絶対に彰人じゃないと強く思う。
後でガッカリするのは嫌だから勝手に期待するな、と言い聞かせるけれど、やっぱり僕は期待してしまう訳で。
「はい…藤堂ですが」
「葵君、坂井です。朝から申し訳有りません。必要な書類を、ご自宅に取りに伺いたいのですが…」
胸が高鳴るのを感じながら受話器を取り、耳に当てがうと、坂井の声が聞こえる。
…………ほら、やっぱり彰人じゃなかった。勝手に期待なんかして、馬鹿みたいだ。
自分がひどく情けなく思えて、悔しくて、抑え切れずに涙が零れた。
喋り続けている坂井の声が遠くで聞こえて、僕の頭の中は彰人の事で一杯で…………涙が、止まらない。
どうして彰人は、帰って来ないんだろう。
もしかして、僕に厭きたのかな。それとも、他に、好きな人が出来た?
声を殺しながら泣いていると、坂井は不意に言葉を止めた。
「葵君?どうかなさいましたか?」
心配そうな、坂井の優しい声。でも、僕が今一番聞きたいのは、坂井の声じゃない。
「彰人…、彰人に、会いたいよぅ…っ」
その場に崩れ落ちて床にへたり込み、泣きじゃくりながら彰人の名前を繰り返した。
不安で淋しくて、胸が痛くて………僕はただ、彰人と幸せになりたいだけなのに。
ずっと一緒に居たいだけなのに、何で駄目なんだろう。
声が聴きたいのに、どうして彰人は電話もくれないんだろう。
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