I miss you…02
――――さびしいのは、僕だけ?
そう思うと、彰人がどんどん遠くに行ってしまうみたいで…………僕は坂井の存在も忘れて見っとも無く、子供みたいに泣きじゃくった。
坂井には何でも無い事と、書類の件は学校が終わってからと伝えて電話を切った後、仕度を終えた僕は学園へと急いだ。
見っとも無く泣きじゃくったりなんかして、男の癖に情けない奴とか、思われたかも知れない。
…………彰人に告げ口なんかされたら、やだな。
何度もそう考えては足が止まり、暫く立ち止まって溜め息を零す。
それを繰り返しながら漸く学校に辿り着くものの、下駄箱の手前で立っている数人の生徒達を目にして、更に気が重くなった。
この学園の生徒達は少し変わっている、と思う。
生徒は男しか居ない男子校なのに、同性の僕を中等部の頃から謳歌している。
学園内には僕のファンみたいな人達が居て、全く知らない間に親衛隊とか云うものまで出来ていた。
その親衛隊の中では役割が決められ、学園内では常に傍に居て僕を護衛してくれる生徒達が……下駄箱近くに居る人達だ。
「藤堂さん、おはようございますッ」
「藤堂先輩っ、鞄お持ちします」
朝、教室まで護衛してくれる生徒達はみんな後輩で、明るくて、そして声も大きい。
後輩に鞄なんて持たせられるほど僕は偉くも無いし、何より気が引ける。
作り笑顔を向けながら鞄は自分で持つ事を告げた矢先――――聞き覚えの有る大きな声で、名を呼ばれた。
振り向くと、小さな体躯が勢い良く駆けて校庭を突っ切り、真っ直ぐに此方へ向かって来る。
明らかに全力疾走。なのに、綺麗に整っている顔には、ほんの少ししか汗を浮かばせていなかった。
「ゆ…雪?どうしたの、いつも僕より先に来てるのに」
「寝坊だよ、寝坊。久し振りに家から走ったし…ホント最っ低」
僕より少し身長が低くて、学生服を着ていなければ女の子かと勘違いしてしまいそうなぐらい
可愛らしい顔つきをしているのにも関わらず、彼は大きな舌打ちを零した。
そして、気に食わなさそうに、じろりと後輩達を睨む。
「た、高原先輩、おはようございます」
後輩達が揃って大きく頭を下げ、挨拶を口にするけれど、雪之丞は眉を顰めてまた一つ舌打ちを零した。
「葵は、オレが教室まで送ってくから。きみたち、戻っていいよ」
身体は小さくて顔はとても可愛いのに、迫力が、有る。
彼は、外面からは想像出来無いほど内面は粗雑で、喧嘩も強くて中々野性的な面を持っている。
僕は未だに、雪之丞が喧嘩で負けた所を一度だって見た事が無いし、聞いた事も無い。
憮然とした、棘の有る口調で声を掛けられた生徒達は後込みし、互いに顔を合わせてひそひそと言葉を交わした後、直ぐに頭を下げた。
宜しくお願いします、と声を上げた後、急ぎ足で去ってゆく生徒達の後姿を暫く僕はぼんやりと眺める。
親衛隊の生徒達が簡単に引き下がるのは、僕の友人が彼らの中で優遇されているかららしい。
「葵、金曜ぶり。土日、何して過ごした?」
隣に並んだ雪之丞は、さっきまでの不機嫌な表情をがらりと変えて、嬉しそうに尋ねて来る。
そんな彼を見ていると、こっちまで口元が緩んで、しょっちゅう感じる生徒の視線さえも気にならなくなる。
他愛無い言葉を交わしながら階段を昇り、廊下の角を曲がった途端、不意に、ある事に気付いた。
「あれ…雪、何か……ひょっとして身長伸びた?」
「ああ。最近になって急にね。直ぐに葵を追い越せるかもよ」
「うわ、ずるい。僕ももっと身長伸びないかなー、彰人ぐらいになりたい…」
彰人の名を口にして、はっと息を呑む。脳裏に彰人の姿が鮮明に浮かんで、胸の奥が痛くなった。
思わず、少し俯いてしまった僕の名を、雪之丞が不思議そうに呟いた。
「…もしかして、まだ彰人さん帰って無いの?」
「――ッ」
雪之丞の問いに肩が一瞬跳ね、僕は自分でも驚くほど過剰に反応してしまった。
………彰人は、まだ、帰って来ない。
その言葉を脳裏に浮かべると次第に気が重くなって、足まで止まってしまう。
胸の奥に何か重いものが圧し掛かっているようで、息苦しくて、たまらない。
「ちょ、葵…大丈夫?オレ、拙い事訊いちゃった?ごめん、」
顔を覗きこんで来た雪之丞が、心配そうな表情を浮かべて謝って来たものだから、僕は慌ててかぶりを振った。
雪之丞は、悪くない。悪いのは、弱い僕だ。僕が弱いから、僕が男らしくないから―――。
そう考えて眉根が寄った瞬間、いきなり肩を掴まれた。
驚いて振り返れば、見事なまでに真っ赤に染められた鮮やかな髪と、いくつものゴシック的なアクセサリーが目に映る。
視線を徐々に上げて長身の相手を見上げ、彼が誰かを理解して、ほっと息を吐く。
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