I miss you…03

「び、ビックリした…南か、」
「智朗、人の肩急に掴むなんて礼儀知らずだぜ」
 やや粗雑な口調に変わった雪之丞に軽く頭を下げた後、南は片手を顔の前で、ゆっくりと上下させた。

「金曜、これぐらい。今日は、これぐらい。…どんどん、落ちてる」
 そこそこ長い付き合いの為、南の言葉は大抵理解出来るけれど、流石にこれは分からない。
 雪之丞ですら小難しい表情をしているものだから、僕は控え目に尋ねた。
「な…何が?」
「元気、」
 短い言葉を返されて思わず雪之丞と顔を見合わせると、彼は理解したようにすぐに表情を変えた。
「ああ、金曜の時より元気無くなってるって事か。って智朗、ちゃんとハッキリそう言えよっ」
「彰人さん、まだ…戻ってない、」
 怒り出した雪之丞に謝る事もせず、南は淡々とした口調で尋ねて来る。
 彰人の姿が再び脳裏に浮かんだものだから、込み上げて来そうな負の感情をぐっと押し殺した。
「ば…っ、智朗ッ、彰人さんの名は禁句!次、彰人さんの名前口にしたらぶっ飛ばすからな」
 彰人の名前が二回聞こえただけでたまらず、視界がぼやけて余計に息苦しくなる。

 ――――まだ帰って来ないよ。でも彰人は、忙しいから仕方無いんだよ。
 笑いながら余裕を持ってそう返したいのに、普通に答えたいのに、理想の自分ははるかに遠い。

「ごめん。でも雪、二回…」
「あ…、く、くっそ……ごめん、葵」
 がっくりと肩を落とす雪之丞に向けて、僕は直ぐにかぶりを振った。
 自分が悪いのだと勘違いして貰いたく無いから、慌てて袖で目元を拭い、口を開く。
「雪も南も悪くないから。…だから、謝らないで。ね?」
 二人は、悪く無い。悪いのは、弱い僕と………二週間も帰って来ない、彰人だ。
 二週間、と云う言葉がずしりと重く感じて、僕は唇を動かした。
「何で彰人は、帰って来ないのかな。もう僕の事、要らないのかな…」
 震えた声で不安を口にすると、雪之丞は本当に唐突に、僕を抱き締めてくれた。
 いつも喧嘩で固い拳を作るその手は、いつだって僕に対しては優しく、宥めるように頭を撫でてくれる。
 彼の優しさがあまりにも温かくて少しだけ、涙が零れた。
 雪之丞も南も言葉を紡ぐ事は無く、暫くの間沈黙が続く。
 彰人と恋人同士だって事を知っている二人が、僕のことを気に掛けて心配してくれているのは、ひどく伝わるから
 そのまま泣き続けるのも何だか申し訳無い気がして、僕は一度目蓋を閉じ、涙を押し殺した。

「ごめん、もう大丈夫だから。……ありがとう、」
 笑顔でお礼を云いたかったのに、上手く笑えない。
 でも、ありがとうって言葉には、ありったけの感謝の気持ちを込めたつもりだ。
「葵、辛い時は泣いて泣いて泣きまくった方が、スッキリするよ」
 ゆっくりと身体を離した雪之丞が、心配そうな表情で言葉を掛けてくれたけれど、僕はかぶりを振って見せる。

 僕は、泣き過ぎるから。もっと、しっかりしないと、いけないんだ。
 そう考えた瞬間、一瞬だけ身体が強張った。
 男の癖に、直ぐに泣いたりするような情けない奴だから、彰人に見放されたのだろうか。

「やっぱり、彰人さんが帰って来るまでオレの家においでよ」
 思わず目を伏せた僕に向けて、彰人が帰って来なくなってからもう何度も掛けてくれた言葉を、雪之丞がまた口にしてくれる。
「ありがとう、でも…」
 ――――彰人が帰って来た時、家に居たいから。
 そう答えようとした瞬間、南が唐突に雪之丞と僕の間に割り入って来た。

「雪之丞、ヤバイ。俺の家、安全」
 短すぎる所為で何を伝えたいのか、いまいち分からない南の言葉。でも、今度のは分かった。
 『雪之丞の家は危ない。俺の家の方が安全』
 そう云っているのだけれど、雪之丞の家がどうして危ないのかは分からない。
「な、何だと?智朗だって大人しいフリしてるけど、葵と二人だけになったら絶対ケダモノになるぜ」

 ………ケダモノ?
 益々訳が分からなくなり、一人で疑問符を浮かべてしまう。
 そんな僕を置いて、二人は口論をし始めているけれど、止めようと思う気は起きない。
 中等部からの長い付き合いの僕から見れば、ただじゃれ合っているような、そんな喧嘩だ。


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