I miss you…05
溜め息が零れそうなのを堪えた所で、漸く現れた教員が集合を掛けた。
行動力が無く、ほぼ毎回授業に遅れて来る教員は、生徒達が遅刻を責め出しても謝ることはしない。
渋々離れてゆく親衛隊の生徒達に軽く手を振り、頑張ってね、なんて心にも思って無い言葉を掛けた。
僕ってホント、嫌な奴だ。良い所なんて一つも無いように思えるもの。
彰人に愛想を尽かされて、当然なのかも知れない……。
そう考えて、その考えに自分で傷付いて、小さく溜め息を零した。
彰人のことを考えるのは今はよそうと思い直し、ゆっくりと立ち上がって、体育館の出入り口へ向けて歩き出す。
身体も怠くて億劫だけれど、動けないほどって訳でも無いし、せめて授業に使われる道具だけは出して置こうと思っちゃう訳で。
出入り口を通って少し歩いた先に有る倉庫へ入り、授業に使われるボールが詰まった籠を引っ張る。
何かに引っ掛かっている所為か上手く引き出す事が出来ず、思いの他苦戦していると、背後で人の気配がした。
「藤堂、制服のままじゃないか…調子でも悪いのか?」
振り向くと、教員が入口を塞ぐようにして立っている。
似たような質問を今日何度も耳にした所為で、半ばうんざりしながらも一度籠から手を離し、相手へ向き直った。
「はい…何だか体調が、優れなくて…」
大袈裟なほど弱々しい声を作り、なるべく申し訳無さそうな表情を見せると、相手の眼がほんの少し見開かれる。
それから直ぐに大股で目の前まで近付いて来て、少し息を荒げながら僕の肩を掴んで来た。
「そ、それはいかんな…よし、先生が保健室に連れて行ってあげよう」
教員の瞳がひどくギラついていて、こう云う眼を何度も見た事の有る僕は
保健室みたいな場所で二人になったら、かなりヤバイだろうと予想した。
稀に、保健医が保健室に居ない時だって有るし。
「あの、先生…僕なら平気です。それに…授業を教えてる先生の姿、見ていたいし…」
具合が悪い癖に相手を上目で見つめて、少し恥ずかしげに言ってやった。
僕って本当、演技の天才だな……なんて、珍しく自分を褒めてやった途端、教員が僕の名を口にする。
「と、藤堂…お前のそう云う所、すごく可愛いと思うぞ」
心打たれた、と言わんばかりに語調を強め、そして教員はいきなり顔を近付けて来た。
あ、あれ…逆効果?むしろ、煽っちゃった?
僕って、まだ修行が足りないみたい…じゃなくて、これってかなりのピンチじゃんッ。
自分の失態に歯噛みし、逃げるように一歩後退るけれど、相手も一歩足を進めて来る。
こう云う場面になったら護衛役の生徒達が助けてくれるけれど……僕は体育倉庫に行く事を告げる事無く
一人で勝手に来てしまったから、助けが来るなんて事は多分、無い。
「せ、先生?待って、ちょっと、落ち着いて…」
数歩後退ると後ろ腰に籠が当たって、振り向かなくても行き止まりだって事が分かる。
―――――拙い。ヤバイよ、ホントに。かなり…いや、ものすっごく、ピンチだ。
「藤堂…俺は、前から可愛いなと思っていたんだ…」
「ゃ…だッ」
息を荒げながら迫られるけれど、普段と違って力も出せず、僕は咄嗟に目を瞑って拒否の言葉を漏らし顔を背けた。
すると間が開いて、一向に、何かをされる気配が無い。
もしかして止めてくれたのかと考え、恐る恐る瞼を開けると、目の前の教員は後ろを振り返っていた。
その肩を、大人の男の手が掴んでいる。
「困りますね。葵君から、離れて頂けますか?」
教員の背後には、にっこりと笑っている男が立っている。
柔らかな笑みを浮かべている癖に、放った言葉は恐ろしく冷たくて、僕は思わず震えてしまった。
こんなに冷たい声を、この人が出せるなんて、僕は知らない。
「葵君、こちらへ。」
「なっ、何だ、アンタは」
坂井は物静かな口調とは裏腹に、いとも簡単に片手で教員を僕から引き剥がし、手を差し伸べて来る。
だけど、邪魔をされたのが頭に来たのか、怒り出した教員が坂井に掴み掛かろうとした。
このままじゃ、危ない。誰がって他でも無い…教員が、だ。
「せ、先生やめてっ」
咄嗟に教員の腕を掴んで、止めに入った。
視線を坂井に向ければ、彼は握り拳を作っていて……教員が掴み掛かったら直ぐに反撃する気だったのだと云う事が、良く分かる。
坂井は、空手の有段者でも有るのだ。そんな彼が反撃なんかしてしまったらと思うと、本当に、冷や汗が出る。
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