I miss you…06
「この人は父の部下の方なんです。しかも、かなり偉い位置の。」
世間では僕は藤堂グループ社長の一人息子では無く、CRKの社長、藤堂貴三男の息子となっている。
彰人の会社の名前なんて出したら、それこそ大変な事になるし、平和な学校生活や日常生活も無くなるかも知れない。
気軽に外なんか出歩けなくなるぐらい藤堂グループは強大だから、身の安全の為に藤堂夫妻の息子と偽っている。
だけど、CRKも立派に大きな会社だ。流石に、手を出しては拙いと判断したのだろう。教員の顔からは、怒りの色が消えてゆく。
「葵君、お話はそれ位にして…そろそろ行きましょう」
何処へ、と尋ねる暇も無く坂井は僕の腕を強引に引き、自分の方へと寄せた。
まるで教員から、少しでも早く遠ざけようとしているみたいだ。
此方に目を向けても何も言わない教員を置き去りにして、坂井は僕の腕を掴んだまま教室へと向かってゆく。
「ねぇ…ねぇ坂井…腕、痛い」
「す、すみません…」
遠慮がちに声を掛けると、坂井は慌てて腕を放し、整った顔に申し訳無さそうな色を浮かべた。
そんな風に謝られたら、どうして良いか分からない。それに僕は、坂井には感謝しているのだ。
「あの…坂井、ありがとう…」
教室に辿りつくと、僕の席から鞄を持ち出し始めた坂井に、声を掛ける。
坂井は一瞬、訝るように眉を寄せたけれど直ぐに思い出したのか、軽く頷いた。
「いえ。私は、特には何もしていませんし。それに礼を言うのは私の方です」
マフラーを手にした坂井は、教室の出入り口に突っ立っている僕の元へ、近付いて来る。
忘れ物は無いかを訊かれて頷くと、坂井は廊下に進み出した。
「葵君が止めて下さらなかったら、大変な事になっていました」
……そうだね、きっとあの先生、病院送りになってたね。
なんて言葉は呑み込んで、僕は頷くだけにした。
「ねぇ坂井、どうして此処に?」
今朝の話だったら学校が終わってからと約束した筈なのにと考え、相手に目を向けると
彼はやけに真面目な表情を浮かべるものだから……彰人に何か有ったのかと、焦ってしまう。
「いえ。今朝は、葵君の様子が少しおかしかったものですから…心配になりまして」
………良かった。彰人には、何も無いんだ。
一人でほっとしていると、やがて昇降口へ辿り着く。
僕の靴を出して、わざわざ履かせようとまでして来る坂井を慌てて止め、自分で靴を履いた。
「それと、体調が優れ無いようなので直ぐに連れて帰って欲しいと、ご友人の高原様から連絡を頂きまして…」
「雪が?坂井に連絡したの?」
「ええ、葵君に何か有ればと、社長が緊急用の連絡先を教えていますので。」
「…彰人に、直接繋がるの?」
「いいえ、私に繋がります」
………もし彰人に直接繋がるような連絡先が有るなら、僕は今直ぐ掛けるのに。
そんな事を考えながら、溜め息を一つ吐く。
雪之丞の優しさはすっごく有り難いし、嬉しいけれど……体調が悪い事を、彰人に知られてしまった。
彰人が仕事で忙しいって時に、僕が体調を崩してしまうなんて、迷惑な事なのに。
「彰人…何か言ってた?」
迷惑だ、と言いそうな彰人の顔が浮かぶ。
全然会えなくて淋しすぎる今の僕には、いつも通りの彰人の冷たい言葉は、痛すぎるかも知れない。
冷たくされたら、泣いてしまうかも知れない。
「自分の元まで連れて来るようにと、社長からは言われております。」
坂井は穏やかな声音で答えながら、僕の首にマフラーを丁寧に巻いてくれた。
「あ、あの…一人で、家に帰りたいかも」
鞄を受け取ろうと手を伸ばすと、坂井はそれを拒み、ゆっくりとかぶりを振る。
うぅ…やっぱり、駄目みたいだ。
彰人に会いたいけど、会いたくない。
だって、会ったら絶対僕…泣いちゃうもの。会えた嬉しさと、冷たい言葉を吐かれる悲しさで。
そう考えると気持ちがどんどん沈んでいって、思わず目を伏せてしまう。
こんな事になるなら、家に一人で居た方が良かったかも知れない。
彰人に、迷惑は絶対に掛けたく無いから。
大好きな人に迷惑なんて、絶対掛けたくない。
迷惑って言うのは、不快に思われてるってことだ。困らせたりすることだ。
彰人に、大好きな人に不快になんて……思われたく、ない。
今直ぐにでも逃げ出したい気持ちの僕なんてお構い無しに、坂井は携帯電話で誰かと話をしている。
多分、彰人だ。僕からの電話は繋がらない癖に、坂井なら必ず繋がるなんて、ずるい。
じゃなくて、ホントにどうしよう…。
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