I miss you…09

 瞼をゆっくりと開けた後、何度か瞬きを繰り返す。自宅のとは違う天井を眼にして、此処は何処なのか訝った。
 額に乗せられていたものを手にし、それがただの濡れタオルだと分かると、ゆっくりと上体を起こす。
 ふと視線を落として、制服の上着が脱がされている事に気付いた。
 靴も履いていないしタイも解かれて、シャツの上の釦が二つほど外されている、随分と楽な格好だ。

「僕は…、」
 どうして社長室のソファで寝ているんだろうと、濡れタオルを額に当てがいながら疑問を抱く。
 ソファの背凭れに上着が掛かっているのを見つけたけれど、それを着る事は無く、僕は床に足を付けて進み出した。
 ほんの少し頭がくらくらしたけれど構わずに正面の窓へ向かい、硝子に手を当てる。
 3メートル以上の高さが有る硝子窓は、窓と云うよりも壁みたいだ。
 真下へ目を向ければ地面は遠く、通行人も小さく見える。
 子供の頃は此処から下を見て、良くはしゃいでいた。そしてそんな僕を、彰人は優しく見守っていてくれて………。

「目が覚めたか、」
 懐かしい想い出に浸っていた矢先に、後ろから急に声が掛かって身体がびくりと跳ねる。
 威厳の有る低い声で、けれど暫く耳に残るような、魅力的で響きの良い声。
 振り返れば、彰人が不機嫌そうな表情のまま、出入り口の扉に寄りかかっていた。
 何も答えずに彼を見つめていると、整った眉根が更に顰められる。
 足早に此方へ近付いて来た彰人は手を伸ばし、急に僕の額に触れた。
 ひんやりとした、冷たい感触が心地いい。

「熱が少し有るな。」
「え…?」
 心地好さについ浸ってしまった所為で、彼の言葉を聞き逃してしまう。
 何を言われたのか分からず、不思議そうに彰人を見上げると、軽く舌打ちを零された。

 ………ああ、そう云えば僕、帰らないといけないんだった。
 舌打ちされた理由は、それだろう。彰人はきっと、いつまでも此処に居て迷惑を掛けるな、と云いたいのかも知れない。

「帰るよ。帰るから、そんな……」
 ―――――迷惑そうな態度、取らないでよ。

 口にしてしまえば、また惨めな気分になってしまいそうだから、続く言葉はぐっと呑み込んだ。
 顔を引いて彰人の手から逃れ、少しふらつく足取りで進みだし、彼の横を通り過ぎ掛けた瞬間――――。
「…うわっ」
 唐突に身体を持ち上げられ、浮遊感に驚きの声を上げてしまう。
 抱き上げられたのだと遅れながら気付き、ひどく慌てた僕は、持っていたタオルを落とした。
「と、父さん…なにを、……お、下ろしてよ」
 僕の身体を軽々と肩に担ぎ出した彰人を振り返り、焦りの声を上げる。だけど相手は下ろしてもくれず、ソファの方へ足を進めだす。
 広いソファの上へ勢い良く下ろされ、僕は文句を言う為に、すぐさま上体を起こそうとした。
 ―――けれど。
 スーツの上着を脱ぎ捨てた彰人が覆い被さって来た所為で、ひどくどきりとし、何も言えなくなる。

「葵、今日のおまえは…普段よりも隙が有り過ぎる」
「ひ…っ」
 唇が触れそうなほど近くで少し苛立ったように囁かれ、その上布越しに性器を撫でられた。
 彼の指は確実に、弱い所を刺激して来るものだから、僕は体格の良いその身体を押し戻そうと必死になった。
 だけど、どんなに力を込めても、身体つきに大きく差の有る彰人を押し戻すことなんて、不可能な訳で。
 僕の力じゃ彰人には敵わないし、どれだけもがいても逃げられる筈が無い。
「や…嫌だ、帰る…帰るんだよっ」
 敵わないと分かっているのに諦められず、必死で暴れもがいて抵抗した。
 迷惑だって言ったのに、僕のことを不快に思っている癖に、どうしてこんな事をするんだろう。
 さっきだって、舌打ちまでしたじゃないかと考えると、悔しくてたまらなくなる。
「反抗的だな…ヤり甲斐が有る。」
 ………うぅ、下品。有名大企業、藤堂グループの社長が発する言葉だとは、とても思えない。
 彰人の発言に呆れて油断していると、ベルトを素早く外され、下衣を下着ごと脱がされた。
 神業、とすら呼べるほどの行動に毎度のことながら、驚かされる。
 半ば呆然としていたけれど、今の自分の姿―――制服を着たまま、下半身だけを剥き出しにしている姿が、あまりにも猥褻に思えて強烈な羞恥心が込み上げた。
 何てみっともない格好だろうと焦り、慌てふためいて逃げようとするものの、性器を直に握り込まれてしまう。
 久し振りの快感に、背筋がぞくぞくと震えた。

 ………どうしよう。このままじゃあ、彰人の思い通りになっちゃうよ。
 だけど、気持ち好いことも事実だ。でも、ここで抵抗をやめたら余計に惨めになりそうで恐い。

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