I miss you…13

 風邪はひくし、何もかもに不安や疑いを抱くしで、今日は何だか最悪な日なのかも知れない。
 目を伏せて眉を寄せ、一人で気落ちしていると、彰人の手が不意に額へ触れる。
 冷たい感触に驚き、視線を上げて彰人に目を向けると、その表情は真剣なものに変わっていた。

 うぅ…格好良過ぎる。
 彼のそう云う表情を見ただけで簡単に身体が疼くのは、僕の身体が悪いんじゃなくて、格好良過ぎる彰人が悪いんだ。

「…無理をさせたな。熱がまた少し上がっている、」
「え…熱?」
 驚きの声を零して、僕はそろそろと視線を下げた。
 そう云えば、さっき聞き逃した言葉……熱とか言っていた気がする。
 ああ、とうとう熱まで上がり出しちゃったのか。彰人に、余計に迷惑が掛かってしまうのに。
 もう僕ってホント、何もかもが駄目な奴だ。

「ご、ごめんなさい…」
 迷惑だ、と彰人に言われるよりも先に、謝罪の言葉を口にした。
 大好きなひととの情事の後に傷付くのは嫌だし、何よりも彰人の口から、迷惑って言葉をあまり聞きたくない。
「何を謝っているんだ。おまえが熱を出すのは、今に始まった事では無いだろう」
「それは、そうだけど…」
 確かに子供の頃はしょっちゅう熱を出していて、その度に彰人にずっと看病して貰っていた。
 幼い頃は病弱だった所為で、病状が良く悪化していたものだから、彰人がずっと傍に居てくれたけれど……
 今は流石に、付っきりで看病なんてしてはくれないだろう。

 彰人は昔と比べると多忙になったし、僕だって幼い頃とは違って丈夫になったから病状が悪化する事も無いしで
 彼が付きっきりで看病してくれる事なんて、恐らくもう無い。

 ………どうして彰人は、社長なんだろう。どうして、彰人の会社が有名な大企業なんだろう。
 もっと、平凡なサラリーマンだって良かったのに。
 平凡なサラリーマンの彰人を想像すると、それはそれで威厳が無く思えるけれど、今よりは傍に居られる筈だ。
 そう思うと無性に淋しさが強まって、僕はつい、彰人に抱き付いてしまう。
 彰人は迷惑がる様子も見せず、ゆっくりと優しく僕の後頭部を撫でてくれたものだから、涙が零れそうになった。
「彰人、さっき……迷惑って、言ったから…」
 その言葉を思い出しただけでも、涙がじわりと滲んでしまう僕は、本当に弱い。

「ああ…そうか。おまえには、ちゃんと説明しないといけないんだったな。…坂井から聞いたぞ。教師に襲われ掛けていたらしいな」
 ぎゃあっ!って、思わず変な悲鳴を上げそうになったけれど、何とかそれを呑み込んだ。
 ……坂井、ひどい。来る前、携帯で連絡していた時に、きっと言ったんだ。彰人にバレたら、キツーイお仕置き決定なのに……。
 はらはらしていると、まるで僕の胸中を見抜いたように、彰人が低い笑い声を零した。
「そんなに怯えるな。…葵、体調が悪い時は素直に休みなさい。私の居ない間に何か有っては、困るからな」
「え…そ、それって…」

 じわり、と胸が熱くなって、僕は彰人に視線を注ぐ。
 ………そう云えば、社長室に入った時の彰人、機嫌悪そうだったし。
 僕を見ないぐらい怒ってたのって……もしかして、その事を聞いた所為?
 だとすると、迷惑って言ったのは、ちゃんと家で大人しくしていない事を迷惑って云ったのだろうか。

「し、心配して、くれてるの?」
「当たり前だろう。この、馬鹿…」
「い…、痛いっ、あき…彰人、」
 馬鹿扱いされた上に、頬を抓まれて引っ張られた。

 ………こんなに感情的な彰人、久し振りだ。
 普段はひどく冷静で威張ってるのに、僕の前だとこんなにも感情的になって、僕なんかを心配してくれる。
 熱い何かが込み上げて来て、僕は素直に、謝罪を口にした。
「ごめんなさい…僕、勝手に勘違いして…」
「おまえが勘違いするのは、いつもの事だろう。もう慣れた」
 優しい声音を放ってから、彰人は僕の唇へと軽いキスをくれる。

 ――――何だ。僕って、ちゃんと愛されてるんだ。
 心底安堵したけれど、脳裏に坂井の姿が浮かんで、僕は別の不安に駆られてしまう。
 それに、二週間も僕を放置していたのも、やっぱり気になる。
 坂井とイチャイチャ…なんて事は、本当に無いのだろうか。


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