自慢の恋人…05

 いつもこの男は何処か愉しそうで、それをあまり疎ましく感じさせない雰囲気も有る。

「外に見張りが居るらしい。坂井の仕業だ。……何とかなるだろうか?」
「そう云う頼み方されたら、何とかします、としか答えられませんて。
まあ、ご安心下さい。宮下と直ぐ向かいますんで」
「あぁ、頼りにして居るよ」
 やけに親しげな言葉を放っている彰人へ、葵は少し不安げな視線を向ける。
 その視線に気付かない筈も無く、口元に柔らかい笑みを浮かべた彰人は、軽く手招きした。
 手招かれるままに、旅館の場所を告げている相手へ近付くと
 唐突に身体へ片手を回され、葵は強制的に膝上へと座らせられる。

「其処って結構、って云うか…かなり近いですよ」
「仕事か、」
「いいえ。ただの観光みたいなもんです。
ここら辺って、景色が良いじゃないですか。あ、宮下も一緒ですから」
 電話の相手が気になるのか、葵は先程からチラチラと此方を見ている。
 誰かも分からない相手に、軽い嫉妬を抱いているのだと気付き
 彰人は胸中で笑うと、宥めるように葵の頭を撫でてやる。

「おっ、あれですね。社長の黒いベンツ、発見しました。
はあー…強そうな人達が居ますね。アッチ関係じゃないんですか?」
 緊張感など全く無いような口調で、実況中継をしている鳴瀬は、電話の向こう側で宮下に確認を取る。
 坂井が手配した者達を、どうやって退かすのか、相談しているようだ。
「社長、少々手荒にして良いですか?5分も掛からないと思いますんで、」
「あぁ…構わない、」
 低い声で囁くと、葵の華奢な身体を自分の方へ更に抱き寄せ、背中を優しく撫で上げる。
 背を撫でられる感触と密着感が心地好く、葵は軽く陶酔の表情を浮かべて、彰人の胸元に顔を押し付けた。
「終わったら直ぐに立ち去りますんで、ご安心を。……所で社長、失礼ですが…どなたと?」

 昨日連れ出した葵は、此処には居ないと思っているのだろう。
 葵の耳朶を撫でてやると、感じたのか身体を震わせ、微かな啼き声を零した。

「誰と一緒に居るのか…だと?」
 相手の問いをわざわざ口にし、目を細く眇めて葵を見つめる。
 眼が合うだけで赤面し、恥ずかしそうに視線を逸らす姿は、初々しい。
 恥じらう葵を少しの間眺め、片手を動かして顎をそっと掴み上げた。

「……恋人だ。」
 ハッキリとした口調で告げると、受話器の向こう側で驚きの声が上がる。
 誰かに自分の事を、恋人だと口にした彰人を初めて見た葵まで、眼を丸く見開いて驚きの表情を浮かべていた。
 坂井の時は、性行為の最中を偶然目撃されてしまったからであって、彰人から云った訳でも無い。
 電話の相手が、誰なのかは分からないし、彰人とどんな関係なのかは分からない。
 けれど…………
 直接目の前で紹介はされていないものの、恋人だと告げてくれただけで
 葵は十分過ぎる程、幸せだった。

 驚いていた表情が徐々に幸せそうなものに変わるのを見て、
 彰人はその口元に柔らかで魅力的な笑みを浮かべる。
 穏やかで優しくも思える笑みは造り笑いでも無く、
 しかも普段は、滅多に浮かべないようなもので………葵はつい、見惚れてしまう。

 幸せそうな表情を浮かべながら、陶酔したように此方を見つめている葵を愛らしく思いながら
 彰人はゆっくりと顔を近付け、口を開く。

「私の自慢の…な、」
 低い声色で甘く囁くと、そっと葵の唇を指でなぞり
 そのまま相手の言葉も待たずに電源を切ると、唇を重ね合わせる。

 葵は幸せそうに眼を細めて彰人の身体に両腕を回し、噛み合せを深くされると
 上がる熱に悩みながらも、浸るように身体を預けた。


終。

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