鳥籠…28(終)
「僕、樋口さんの事、が……す、す…好き、」
思いも寄らなかった凪の言葉に、樋口は浮かべていた笑みを消し、
平静を装うことも出来ずに、驚きの表情を浮かべた。
慌てたように身体を離し、信じられないと云ったように凪を見下ろす。
「ナギ…ちょっと待て、お前…、」
片手で目元を覆い隠しながら、樋口が呟く。
だが直ぐに手を退け、赤らんだ凪の顔を目にして、困り果てたように凪の肩口へと額を押し付けた。
「俺はずっと、お前には憎まれていると……ああ、くそっ、堪らねぇよナギ。…喰らい尽くして、目茶苦茶にしてやりてぇ、」
「…ぁっ、」
移動し、凪の耳朶を軽く咬むと、凪の声が上がる。
痛みでは無く、ゾクゾクとした興奮の寒気が凪の身体を走り、凪は堪らずに身を捩った。
もどかしそうに身体を動かす凪の姿を目にして樋口は笑い、凪の耳朶へ軽いキスをし、舌でなぞるように舐め上げた。
「んッ…ひぐち、さ………す…好き、大好き、」
頬を赤く染め、想いを告げる凪の姿に、樋口の情欲が煽られる。
だが凪の傷は完全には塞がっていない為に、樋口は必死で自分の欲望を抑え付けていた。
しかし樋口の苦労も知らず、凪は更にきつく樋口にしがみ付く。
「おい…ナギ、頼むから、これ以上煽るんじゃねぇよ、」
困り果てたように告げる樋口の声が、興奮からか、やや少し上擦る。
「僕、僕…樋口さんも、この部屋も好き……檻には、思えない、」
凪も樋口に耳朶を刺激された事で興奮しているのか、少し息を弾ませながら、言葉を放った。
「樋口さんが優しいから……僕は、閉じ込められている気が、しなくて……
いつだって、僕は…守られているように感じるし、樋口さんが傍に居ると、僕……幸せで、」
「ナギ…なぁ、ナギ。頼むから、俺を煽るな…壊しちまう、」
凪と想いが通じ合えただけで、ただでさえ欲望を抑えるのに必死だと云うのに。
けれど凪は嫌々するようにかぶりを振り、樋口をじっと見つめながら、唇を動かす。
「こ、壊しても、いいから……芳樹さんが、欲しい…」
我慢出来なさそうに告げる凪の姿に、劣情が煽られた。
数回舌打ちを零し、凪へ顔を近付ける。
「どうなっても、知りませんよ…」
切羽詰ったように言葉を漏らし、凪の唇へ噛み付くようなキスを施す。
その際、樋口の掛けていたサングラスが凪の顔に当たり、音を立てた。
その音を耳にすると、樋口の動きは止まり、凪も目を丸くする。
「……す、すみません。つい、夢中になって…外すの、忘れていました、」
余裕も無く凪を求めてしまった自分に半ば呆れ、苦笑を浮かべながら樋口が囁く。
そんな余裕の無い樋口を目にし、凪は何も云わずに手を動かし、樋口のサングラスを外した。
苦笑を浮かべ続けている樋口を見て、速まる鼓動を感じながらも、凪は堪えきれずに軽く吹き出してしまう。
「な、凪君?」
「ごめ…なさ、樋口さんが、何だか、可愛くて…」
笑いながらそんな言葉を漏らす凪を見て、その笑顔を目にして、樋口の胸が高鳴る。
もう、決して見れないと思っていた凪の笑顔が目に映り、樋口は喉を鳴らした。
「可愛いのは……ナギ、お前だろう?」
低く通る声で囁き、返答を待たずに凪の唇を奪う。
貪るように強く吸い、軽く咬み舌で舐りながらも、サングラスを手にしていた凪の手を掴み、強く握り締める。
「ん…っ、ふ…」
「ナギ……好きだ、情けねぇぐらい、俺はお前に夢中なんだよ…」
唇を離し、低い声で囁かれ、凪の身体は更に熱くなる。
握られた手から伝わる、樋口の脈と熱が心地好く、凪は離れないようにようにと、きつく樋口の優しい手を握り返した。
――――――この鳥籠のような部屋は、閉じ込める為の檻じゃなくて。
傷付かないように保護する為の、優しい部屋に、思える。
凪はそう云って幸せそうに笑い、その言葉に驚いた樋口も、凪の笑顔に釣られたように表情を柔らかくし………
身体を重ね合わせた二人は、温かい鳥籠の中で
幸せそうに、笑い合った。
終。
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