溺れる小鳥…17
服を着せようと、身体をそっと抱き起こしてやると、凪は痛む腰を慌てたように少しだけ、逃げるように動かした。
「あ、あの…あの、僕…自分で、着れるから」
猛に撃たれ、入院していた時やこの部屋に戻って来た時も、
樋口が服を着替えさせてくれたのだが……凪にとって、それはあまりにも恥ずかしい行為だった。
衣服を脱がされる事には何とか少し慣れたものの、その逆には、まだ慣れない。
相手が自分の想い人だからなのか、ハッキリとした理由は分からないが、凪は羞恥で顔を真っ赤にさせてしまう。
「凪君、大人しくしていて下さい」
「僕、もう傷、治ったから…だから、自分で…」
焦ったように声を上げる凪を見下ろし、恥ずかしがっているだけだと理解した樋口は、愉しそうに薄く笑った。
「凪君…世話ぐらい、焼かさせて下さい。俺は、いやってぐらいに、ナギを甘やかしてやりてぇんです」
あやすようなキスを頬にされ、凪は掛けられた言葉に胸を熱くさせた。
逃げようとしていた動きも止まり、大人しくし始めると、樋口はにこやかな微笑みを浮かべてくれる。
優しいとしか他に呼びようのないその微笑に、凪は更に鼓動が速まるのを感じていた。
抱き支えられるようにして樋口の膝上に座らされると、凪はつい、行為中の事を思い出してしまう。
今と似た体勢で挿入され、いつもより深く入り込んで来た樋口の、
熱く雄々しい感触と快感を思い出し、ゾクゾクと背筋に興奮の寒気が走る。
上衣を肩に掛けられ、袖を通す為に腕をそっと掴まれると、凪は更に樋口を意識してしまう。
どうして自分はこんなにもはしたないのか……そう考えて一人焦るが、
不意に、行為中に発した自分の言葉を思い出し、樋口をじっと見上げた。
「樋口さん、あの……こ、恐いなんて云って、ごめんなさい…」
恐がってしまった事に、樋口が傷付いていないか不安になり、恐る恐ると云ったように謝罪を零す。
袖を両方通し、前の釦を一つ一つ丁寧に留め始めていた樋口は、凪の謝罪を耳にして手を止めた。
「気にしていませんから、謝らなくても平気ですよ」
わざわざ謝罪した凪を愛しげに眺めながら、穏やかな声色で宥めるように言葉を放ち、再度釦を留めてゆく。
樋口の言葉に安堵した凪は、釦を丁寧に留めてゆく手の動きに、見入った。
無骨な指が、慣れたように小さな釦を留めてゆく。
「…凪君、嘉島とは…龍桜の幹事長とは…何も、有りませんから。」
「え…?」
釦を留めながら不意に樋口が言葉を発し、凪は驚いたように顔を上げた。
こちらを見上げている凪を見据えながら、樋口は再度手を止める。
釦から手を離し、凪の頬を両手で包み込みながら、樋口は真摯な眼差しを向けた。
「俺には、貴方だけですよ。………手放す気は、一生ねぇからな…」
最後の言葉は、脅すような低い声音で囁かれたが、その言葉は凪にとって、あまりにも甘い響きに聞こえた。
自分だけに向けられる、真摯な……けれど、肉食獣のような獰猛さが伺える瞳に見据えられ、凪の鼓動が速まる。
疲労感に包まれている身体を動かし、堪らずに樋口に抱きついて
広い背へと手を回し、凪は想い人の胸元へと顔を埋めた。
「僕、僕も…ずっと、樋口さんだけ…芳樹さん、だけだよ…」
今にも泣きそうな声で言葉を紡いだ凪はそっと顔を上げるが、その表情には幸せそうな笑顔が浮かんでいる。
目尻に涙を溜めながらも、にっこりと笑っている凪を目にし、樋口は嬉笑を零した。
愛しげに凪を見つめながら、彼の頬をゆっくりと撫で、樋口は目を細めて唇をそっと重ねる。
相手の唇を舐め、軽く吸い上げてから樋口は唇を離すが、凪は離れたくないように自ら唇を重ねて来た。
そんな凪を心から愛しく想いながら、相手の身体を抱き寄せて密着し、咬み合わせを更に深くする。
「芳樹さん……好き、大好き…僕、芳樹さんが居てくれれば、もう他に、何も要らない……
ずっと、芳樹さんの傍で、生きていたい…」
息を甘く弾ませながら、唇が離れた合間にそう告げた凪を、樋口は微笑を浮かべながら見下ろす。
獲物を狙う獰猛な肉食獣のように、目を細めて舌なめずりし……
「…たまらねぇよ、ナギ。嬉しくて嬉しくて、俺はおかしくなりそうだ。……………愛している、」
唇が触れるか触れないかの位置で甘い言葉を囁き、直ぐに凪の赤みを帯びた唇を奪う。
何度も唇を重ね合わせて、離れぬようにと、きつく抱き合いながら………
――――――――――――深い幸せに、二人は溺れていった。
終。
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