昔歳…3

「凪…何を、隠しているんだ?」
「ぁっ!」
 半ば強引に凪の股間部へと手を滑り込ませ、性器を確かめるように布越しで撫でてやると、相手は身を捩って逃げようとする。
 触れた部分が微かに湿っている事に気付いた猛は、僅かに片眉を上げた。
「凪、もしかして…」
「ご…ごめんなさいっ」
 最後まで尋ねない内に、凪は観念したように謝罪の言葉を零す。
 小さな身体を怯えたように震わせ、下唇を噛んでいるその姿に加虐心を煽られ、猛は心中で笑いながらも凪の頭を撫でてやる。
「お漏らししちゃったのか…」
 わざとらしく迷惑げな溜め息を漏らすと、幼い表情は今にも泣きそうなものに変わった。
 猛の事を心底慕っている凪にとって、その相手に嫌われる事は何よりも恐く、
 何か失態を犯せば嫌われるのでは無いかと云う不安が、常に纏わり付いている。

「ご、ごめ…なさ、」
 震えた声で謝罪を零し、縋るような眼差しを向けて来る凪の姿を、猛は目を細めながら満足げに眺めていた。
 愛しい弟が泣き出しそうだと云うのに、猛には悪びれた様子が全く無い。
 凪は普段から謝罪してばかりだが、それは自分に嫌われたくないからこそのものだと、猛は知っている。
 どれだけ自分がこの弟に好かれているのか。
 それを実感する為だけに、猛は好きな相手を虐める子供のように、凪を追い詰める事を好んでいた。
 少しでも迷惑そうな態度を見せれば、自分に疎まれる事を恐れている凪を、十分追い詰める事が出来る。
 縋りついて来る弟の姿をじっくりと堪能し、その後は優しい言葉でも掛ければ良い。
 猛は今まで何度も、そうして来た。

「……仕方ないな」
 もっと虐めてやりたいと云う衝動を抑えながら、短い言葉を放つ。
 あまり追い詰め過ぎれば、この弟は自責の念に包まれ、心を更に閉ざしてしまう可能性が有る。
 子供の心は繊細だが、凪は他の子供より内気な為、余計に気を遣わなければならない。
 他人からすれば手間が掛かる人間だろうが、それが凪であれば、猛はいくらでも面倒が見れた。
 父親のように、凪を怒鳴り付ける事もせず、見捨てる事も決してしない。
 それに凪は小学校で苛めに遭っているのだから、尚更優しくしてやらないと不憫だ。

 凪は混血でも無いのに目の色が違う事と、内気なのが合わさって
 クラスの中心的な存在となっている男子生徒に目を付けられ、今では複数の男子生徒から苛められている。
 男の癖に内気な凪は、同じ男からすれば苛立つ存在なのだろう。
 身体に傷を付けられた事は今まで無かったが、物を隠されたり閉じ込められたりと云った事は、頻繁に有るみたいだった。
 凪はその所為で更に心を閉ざして普段から俯き加減になり、今では猛が誘わなければ外にも出ず、学校も休みがちになっている。
 だが猛からしてみれば、そちらの方が好ましい。
 仲の良い存在が居なければ誰にも邪魔されず、二人だけの時間を過ごす事が出来る。
 凪が成長するにつれて邪魔者が多くなって来るのも、女子生徒が反対に凪を擁護しているのも、気に食わない。
 男だろうと女だろうと凪に近付く人間は自分以外、みんな消えれば良いと猛は常々考える。
 凪を誰の目にも触れさせず、自分だけしか触れる事が出来無いよう、何処かに閉じ込めてしまいたい。
 その暗い欲望は日増しに膨張し、黒々しい感情は凪に触れる度に、強まってゆくように思えた。

「お兄、ちゃん……き、嫌いに、ならないで」
 目を伏せ、弱々しい声音を放つ凪を見て猛は気付かれぬよう、一瞬だけ笑みを浮かべた。
 今まで似た言葉を縋り付くように何度も言われた事は有ったが、嫌いだと口にした事は唯の一度も無い。
 突き放す言葉は決して口にせず、優しい態度を猛は常に心掛けている。
 優しくしてやればやる程、甘やかせば甘やかす程、凪が自分から離れられなくなるだろうと理解しているからだ。

 ―――――――甘やかされたガキは、一人で生きていけんようになるで。
 桜羅会舎弟頭補佐、吾妻一が口癖のように告げるその科白は、常に猛の心中に在った。

 他の誰でもなく自分にだけ依存し、頼って甘えて来るような……俺が居なければ、生きていけない凪。
 そう考えただけで、猛は下腹部に、心地好い熱を感じた。

「なあ、凪。お兄ちゃんはこんな事ぐらいで、お前を嫌ったりなんかしないよ」
 この男のものとは思えない程、穏やかで優しげな声が、室内に響く。
 縋り付くように此方を見上げて来る、濡れた鳶色の瞳を見据えながら猛は口元に、微笑を浮かべた。

 異色扱いされる原因となっているその瞳の色も、猛はひどく気に入っている。
 凪を孤立させてくれる、自分に取って都合の良い色だからだ。

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