昔歳…5
「…凪、」
濡れていない敷布から視線を逸らさず、咄嗟に凪を呼ぶ。
扉の把手を掴み掛けていた凪は、名を呼ばれると不思議そうに振り向いた。
けれど猛が此方を見ていない事に気付き、不安げに踵を返して足を進める。
「お兄ちゃん…ど、どうしたの?」
浅く首を傾げて躊躇いがちに尋ねるが、猛からの返答は無い。
普段なら直ぐに言葉を返して、優しく微笑んでくれる筈の兄が今は笑っていない事に、凪の不安はより一層高まってゆく。
「……ちょっと下、脱いでくれないか、」
「え?」
猛がようやく沈黙を破るが、唐突な言葉に凪は驚きの声を上げ、直ぐにかぶりを振る。
後退りまでし始めた凪を目にすると、猛は反射的に腕を伸ばし、相手の小さな腕を半ば乱暴に掴んだ。
「お、お兄ちゃん…」
「少し調べたい事が有るんだ。早く脱いでくれよ」
普段とは違う、優しさが感じられない低い声色を耳にして、凪の瞳に怯えの色が浮かぶ。
それに素早く気付いた猛は、手を掴む力を少しだけ緩めるものの、完璧に解放する事は無い。
「や…やだ」
必死でかぶりを振った凪は、震えた声で頑なに拒む。
慌てながら身を引くが、猛が腕を掴んでいる所為で逃げる事は叶わない。
「…仕方ないな。そんなに嫌なら、脱がなくていいよ」
いつも通りの優しい声音が聞こえて、凪は視線を恐る恐る戻す。
猛の優しい顔が目に映ると凪は安堵の息を吐き、強張っていた身体からは余計な力が抜けてゆく。
その瞬間、唐突に強い力で引き寄せられ、驚く間もないまま凪の視界は反転した。
ベッド上へ転がされて呆然としている凪の上に、猛は覆い被さり、愉しげな笑みを零す。
「俺が脱がしてやる」
「え、ぁ…やだっ」
短い言葉を放つと、直ぐに凪の下衣の右脇へ手を掛け、そのまま強引に引き摺り下ろそうとする。
だが、遅れながらも状況を判断した凪は拒否の言葉を漏らし、慌てて反対側の脇を両手で掴んで、脱がされまいと躍起になった。
「凪、大人しくしてろって…今更恥ずかしがる事でも無いだろう?」
「やだっ、お兄ちゃん、お願い…やめてよっ」
高い声色で必死に拒む凪を見下ろしていると、黒い欲が強まりそうになる。
それを何とか抑えながら猛は一度苦笑し、下衣の脇を掴んでいた手を少しだけ離した。
「そんなに嫌がるなんて、何か見られたらマズイものでも有るのか?」
「えッ」
猛の言葉に図星を突かれ、凪の視線が落ち着かないように泳ぐ。
思わず両手の力を緩め、どうしようかと必死で考えるものの、上手い言葉は見つからない。
「そ、そんなの…無いもん」
それだけ云うのが精一杯で、凪の華奢な身体は微かに震えていた。
不安げな表情を浮かべ、それでも必死に事実を隠そうとしている凪の姿を見ていると、猛の加虐心が激しく煽られる。
「無いなら、大人しくしていてくれよ」
再度下衣を脱がそうとするが凪はやはり抵抗し、何度もかぶりを振りながら下衣の脇を両手で掴み続ける。
「強情だな。大体、こんなちっちゃな手じゃ、俺に逆らえないのに」
言うが早いか、片手で凪の両手を素早く掴んで捕らえると、鳶色の瞳が大きく見開かれる。
驚く凪の表情も愛らしく思え、猛はクスクスと笑いながら片手で下衣をゆっくりと引き下ろした。
「やだ…、お兄ちゃんっ…やッ、」
高い声色は泣きそうなものに変わり、濡れた瞳が懇願するかのように、此方を見つめて来る。
だが猛は止める事はせず、下着ごと引き下ろし、露わになった小さな性器へ一度視線を注いだ。
しかし今は気になる事が有る為、脱がした下着へと直ぐに視線を移す。
白く、粘りの有る液体が付着しているのを目にして、猛は自分の予想が当たっていた事を知り
口元が緩みそうになるのを堪えながら、凪の両手を解放した。
「凪、いつからこうなったんだ?」
追い詰めるように深刻な口調で問うと、シーツの上で横向きになった凪は両手で顔を隠し、身体を丸め始めた。
……………誰にも、特に大好きな兄には、知られたく無かった。
こんな訳の分からない、何処か後ろめたい気もするような液体を出してしまった自分など、知られたくは無かった。
知られてしまった事に対する絶望感と不安が胸中で強く渦巻き始めると、どうすれば良いのか判らずに凪は泣き出してしまう。
「…め、なさ…ごめ、」
その液体を出してしまった自分が、とても悪い事をしたように感じられ、小さな肩を震わせながら凪は謝罪の言葉を繰り返した。
「凪、」
強い口調で名を呼ぶと、凪の身体はビクリと跳ねたが、顔を隠している手は中々退けようとしない。
そんな姿も愛らしいと思いながら、猛は薄く口を開く。
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