昔歳…6

「落ち着いて、答えてご覧。いつからこうなって、今まで何回有った?」
「…お、おとといで、今日…二回目…」
 震えた声で何とか答えるものの、ちゃんとした言葉にはならない。
 しかし何年も傍に居た猛にとっては、凪について理解出来ない事など何も無かった。
 泣き続けている相手を見下ろしながら、恐らく誰にも言えなかったのだろうと、猛は推察する。
「母さんか父さんには、相談したのか?」
 小さな手で両目を擦って涙を拭いながら、凪は素直に首を横に振った。

 やはり、内気なこの弟は一人で悩んでいたのだ。
 凪の悩みや不安等は、自分が解決してやれるようにと常に気を配っている為に
 今回も、誰よりも早く凪の悩みを取り除いてやれる事に対して、猛は喜びを隠しきれない。
 緩み掛けた口元を慌てて片手で押さえた瞬間、不意に疑問が浮かぶ。
「…二回目って事は、下着はどうしてたんだ?」
 誰にも相談出来なかったとしたら、自分で洗っていたのだろうか。
 もしそうだとすれば、家に居る間は監視するように、常に凪の傍に居るあの母親が気付かない筈も無い。
 凪の事は全て知って置きたいと思っている猛は、まだ泣きじゃくったままで答えようとしない相手を見て、急かすように名を呼ぶ。
「か、…して、た……えの、下に…」
 やがて小さな声が漏れるが、それはあまりにも小さく、聞き取り難い。
 だが猛は難なく理解し、理解したと同時に、腹の底から笑いが込み上げそうになった。

 隠してた、と凪は言ったのだ。それも、机の下に。
 隠すと云う事はそれだけ、知られないようにと必死だったのだろう。
 子供ならではの行動があまりにも可笑しく、片手で目元を覆いながら、猛は我慢出来ずに低い笑い声を立てる。
 抑え気味の短いそれは運良く聞こえずに済んだのか、凪は泣いたままで反応する事は無かった。
「凪、分かったよ、もう良いから…」
 大笑いしそうなのを何とか堪え、優しい声色で言葉を掛けるが、相手はまだ泣き止まない。
 ベッド上に座り込んで俯いたまま片目を擦り、掌で涙を拭っているその姿を眺めながら
 普段あまり泣かない所為で、一度泣くと中々止まらないのかも知れないな…と、猛は思う。
 いつまでも泣き止まない凪を、疎ましく感じる事は無かった。
「…凪、俺は怒ってないし、お前の事を嫌っても居ないんだから安心してくれよ」
 凪の上から退くと同時に、幼いその身体を抱き抱えるようにして起こしてやる。
 優しい声で言葉を掛けると、凪は小さくかぶりを振った。
「……あ、あんなの…出しちゃって、気持ち悪くて…怖くて…」
「あれは出しても大丈夫な物だろ…って、そうか。凪はあんまり学校行って無いから、性教育受けて無いんだな」
 納得して頷く猛の言葉を、凪は上手く理解出来ずに居た。
 羞恥や後ろめたさ、強い不安などで上手く頭が働かず、その上涙が止まらない。
 どうして良いのか全く分からずに、凪は零れ落ちる涙を拭い続けた。
「お兄ちゃ…お、お願い…」
 脱がした下衣を掴み取り、どんな言葉を掛ければ凪が泣き止むか思案に暮れていると、不意に震えた声が響いた。
 零れ落ちた涙が、凪の上衣に丸く小さな滲みを描く。
 落ちた雫を思わず眼で追った猛は、長い裾の先から覗く、白く柔らかそうな腿を眼にして思わず喉を鳴らした。
 その腿を掴んで左右に割り開きたいと云う衝動を何とか抑え、猛は凪の言葉を待つ。
 泣きじゃくり続けている凪は、少し間を置いた上で、唇を動かした。
「お…お母さんと、お父さんには、秘密にしてて…」
 か細く、震えた声が耳に響き、猛の胸はより一層熱を帯びた。
 両親には秘密に、と云う言葉が凪の口から零れるとは、思いも寄らなかった。
「あ、ああ…分かったよ」
 自分にとってはあまりにも魅力的な言葉を、胸中で反芻しながら答える猛の声は、少しばかり上擦ったものになる。
 両手で眼を擦ろうとした凪を眼にした瞬間、猛は無意識に相手の片手を掴んだ。

 このままこの弟を、無理にでも自分の物に出来たら。
 無茶苦茶に犯せたら………どれだけ、幸せだろうか。
 激しい劣情が身体の奥底で渦巻き、高鳴る胸を片手で抑えながら猛は喉を鳴らす。
 どうしようも無い程、この存在が欲しくて堪らない。
 自分の為に生まれて来たとしか、思えないようなこの愛しい存在が……。

「お兄、ちゃん…?」
 ようやく泣き止んだ凪は濡れた眼差しで、不思議そうに此方を見上げて来る。
 無垢な呼びかけに僅かながら猛は理性を取り戻し、自分の余裕の無さに心中で溜め息を吐く。

 今はまだ、その時では無い。
 金を稼いで、それから邪魔な存在を消して―――――凪が自分を、愛するようになってからでなければ意味が無い。


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