『 告白 』

 ―――――僕は、ヤクザに飼われている。


 ソファの上で膝を抱えていた僕は、正面でモバイルノートに何かを打ち込んでいる男へ、盗み見るような視線を向けた。
 僕と比べると年が一回り以上も違う癖に、彼は実年齢よりずっと若く見えるし、何より見てくれが良い。
 彼が着ているアルマーニのピンストライプスーツを目にして、チャコールグレイも似合うけれど、今着ている背広のように濃紺のスーツも似合うなと、思う。
 上着の前もシャツの上の釦も開けたまま、ネクタイまで緩めている男の姿は、粗野だけれど力強さを感じさせる。
 この男には、そう云う格好が良く似合っていると、僕は常々思う。

 彼は、三千近くの組員を擁する樋口組組長の、片腕とも呼ばれている存在だ。
 大規模な暴力団では若頭や舎弟、若中なども自分の組を持っているらしく彼もちゃんと自分の組を持っている。
 樋口組若頭で皇導会(こうどうかい)の会長でもある、海藤(しのぐ)――――それが、この男。

 樋口組は以前、桜羅会の傘下から抜けたにも関わらず、勢力は衰えずに増していった。
 そして先日、その桜羅会までも吸収したのだと、この男は淡々とした口調で語った。
 何者をも恐れないと噂されているこの男が、心底崇拝し、そして何よりも恐れている人物……樋口組長。
 一度だけ樋口組長を遠くから見た事が有るけれど、遠目からでも息の詰まるような威圧感や恐怖を覚えたから僕は正直、あの人は好きじゃない。
 あの人とこの男は似ている、と組員から良く耳にするけれど、凌の方が遥かに優しいと思う。

 …………………この男は、今まで一度も、僕を殴り付けた事は無いのだから。

 視線を移し、硝子テーブルの上に置かれて有るモバイルノートへと、目を向ける。
 あのモバイルノートは、飽きっぽい僕が高校生の頃に数ヶ月以上もバイトを続けて買ったものだ。
 僕がどれだけ汗水流して働いて稼いだ金だとしても、彼からして見ればはした金だし、あんな最新のモバイルノートなんて何百台も買える。
 だから半分は皮肉をたっぷりと込めて、それをプレゼントしたと云うのに
 古くなったり壊れたら買い換える、と云う思考の持ち主であるこの男は、もう一年以上も前から、それをとても大事に扱っている。
 まだ半年も経たない内に古くなったと言って、物を捨ててしまう彼にしては信じられないことだ。

「ねぇ、」
 再び相手に目を向け、視線に気付いている癖に仕事を辞めようとしない彼へ、声を掛ける。
 するとキーボードを叩く音がぴたりと止まって、画面を見つめていた双眸が、ゆっくりと此方に向けられた。
「…何だ」
 低く、鋭さを含んだ声が響くけれど、もう二年以上も彼と一緒に居るのだから怯まない。
 それに、僕に対する口調は普段よりずっと柔らかいものなのだと知ってしまったから、尚の事だ。
「兄貴はいつ出て来れるの?」
「またそれか。一昨日訊いて来たばかりだろう、」
 うんざりしたように溜め息を零して眉根を寄せる彼の表情は、僕の心を熱くさせる。
 普段から冷静沈着な態度を心掛けている彼が、僕なんかの言葉に一々反応する様が、好きで好きでたまらない。
 じっと視線を注ぐと、凌はまるで逃れるように、再び画面へ目を戻してしまう。


 …………僕の兄は今、刑務所の中にいる。
 数年前の抗争中に彼が、皇導会の舎弟頭補佐だった僕の兄を走らせた。
 抗争組織の幹部を射殺した兄は、懲役九年の判決を受けた。だから後、四年と二ヶ月は出て来れない。
 僕はいつだって、この重く、長い年月を忘れたことは無い。

「一昨日の事なんて、忘れたよ。早く教えて、」
 急かしてやると、彼は苛立ったように舌打ちを零したものだから、僕は少しだけ笑い出したくなった。
 一昨日聞いた事を忘れるほど、僕は馬鹿でもない。
 何度も同じ質問を繰り返すのは、この男にただ、嫉妬させたいだけだ。
 凌は、僕が兄に片想いしていた事を、知っている。そしてあろうことか、同性の僕に惚れている。
 だから兄の話題を僕が口にする度、嫉妬の炎を、その心で密かに燃やすのだ。
 舌打ちを零して眉を顰めるその表情は、いつだって――――僕を、ぞくぞくさせる。


 凌と出逢ったのは、二年以上も前の話だ。
 両親は幼い頃に自殺してしまった為、僕は叔父のもとで暮らしていた。
 けれど、兄が刑務所に入ってから数年ほどして、叔父は病気で亡くなってしまった。
 叔父の妻にあたる女性とはどうしてもそりが合わず、高校を辞めて働いて早く出て行くようにと言われ
 中退だけはしたく無いと、僕は兄との面会中に泣きだしたのがきっかけだった。

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