告白…2

「俺が助けてやれなくて、ごめんな。でも、海藤なら、おまえを助けてくれる。」
 そう言って兄が紹介してくれた相手が、海藤凌だった。
 兄は刑務所に入る前、僕が困っていたら助けてやって欲しいと、彼に告げたらしい。
 旧友の頼みだから聞き入れたのだと、初めて出会った時に凌は短く語った。

浩樹(ひろき)が出所するまで、俺が面倒をみてやる。高校も今まで通りに通っていい。大学にも行かせてやる。」
 素っ気無い口調で言われたけれど、僕はその時、ひどく安心した。
 僕が人見知りをしない性格だったのと、海藤は信用出来る人物だと大好きな兄が言っていたのもあって、数週間も経たない内に彼に懐いたし
 旧友の頼みだからと云う理由で、文句一つ零さずに僕なんかを引き取ってくれる海藤凌に、純粋な好意すら抱いた。
 だけど、それも長くは続かず、彼に対する好意は呆気無く崩れ落ちた。
 彼が皇導会の会長だと知ったあの日から、数ヶ月間の事を僕は今でも、はっきりと、覚えている――――。



「悠樹、悪いが仕事が入ってな…出掛けて来る。」
 休日だと云うのに、彼は急いで身支度をした後、そう言い残して昼に家を出て行った。
 映画を今日二人で観ようと約束したのだけれど、仕事なら仕方が無いかと、僕はあっさりと諦める。
 金融会社の社長と云うのは本当に忙しいものなんだなと考えて、仕事に精を出している彼はすごいなと、残念な気持ちよりも尊敬の念の方が遙かに強かった。
 手にしたDVDに視線を落とし、一人で先に観てしまおうかと考えるものの
 二人で観ようと口にしたのは僕だからと思い直して、それを観ずに棚にしまう。
 出掛ける気分にもならず、兄の金で買って貰った他のDVDを引っ張り出し、今日は家で過ごすことにしようと決めた。

 夢中になればなるほど時間の流れは早く、丁度三作品目が終わった頃には夕方を過ぎていた。
 海藤凌はいつ戻って来るのだろうと考えた矢先、玄関の方が急に騒がしくなりだす。
 不思議に思って向かってみると、海藤凌の部下数人が突然家に押しかけて来た。
 自分の部下だ、と以前簡単に紹介された事が有るから、止めることも警戒心を抱くことも無かったけれど
 何だか妙な胸騒ぎがして、海藤凌の部屋に向かって行く彼らの後を追った。
 大事なデータがいくつも有るから部屋には入るな、と言われている為、僕はあの部屋にはまだ一度も入ったことが無い。
 だから部屋には入らず、扉を開け放したまま何かを探している男達の様子を、廊下側から見守り続けた。

「くそったれ、大羽の野郎…ただじゃおかねぇぜ。おい、会長が待ってんだ、早く探せ」
「しかし会長も抜け目ねぇよな。大羽んトコのハコまで全部調べ上げてるっつーのは恐ろしいもんだぜ。野郎の逃げ場所すら把握してんだろ」
「せやな。…お?記録したん、これやないか?」
「分からねぇが、会長待たせると恐ぇからな…もういっそ全部、持って行っちまうか」
 何処と無く張り詰めた雰囲気を纏いながら、忙しげに動き回っている男達の会話を耳にして、僕はどきりとした。
 会長、と云う言葉が暫く耳に残って、胸の奥で次第に、嫌な気持ちが膨らんでゆく。

 …………海藤凌は、しがない金融会社を営んでいると、言っていた。
 それなのに、彼の部下達が口にしている会長とは、何の事だろう。
 そう考えた後、次に脳裏に浮かんだ言葉は、皇導会と云う単語だった。
 もしかしたら、と直感して、ごくりと唾を呑む。僕の勘は、意外にも良く当たる。

「あの、何か…あったんですか?」
 廊下側から声を掛けると男達は動きを止め、訝しげに此方を見て来る。
 だけど質問に答える事は無く、再び足早に室内を歩き回り、ソファの下から不透明なケースを取り出したり、引き出しの中をあさり始めた。
 諦めきれずにもう一度声を掛けると、男の一人が目の前まで近付き、まじまじと此方を眺めて来た。
「誰かと思ったら浩樹サンの弟か。…そういや会長、面倒見てるっつってたな」


 ――――会長。
 その言葉が強く頭の中に響いて、胃がせりあがって来るような感覚に苛まれる。
 海藤凌の事を言っているのなら会長じゃなくて社長では無いのかと考えて
 僕は相手の言葉も、自分の良く当たる勘すら受け入れようとしなかった。

「…兄貴のこと、知っているんですか?」
「自分んトコの舎弟頭補佐ぐらい普通、知ってんだろ」
「……それって、こ、…皇導、会?」
「何だてめぇ、自分の兄貴がどこのモンかも知らねぇのかよ。天下の皇導会だぜ?」
 男の声が苛立ったように荒くなるけれど、僕は怯まない。
 恐怖では無く不快感だけが、急速に強まってゆく。


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