告白…3

「いえ…知ってます。でも、会長って…」
「はあ?だから、会長だよ、海藤凌会長っ。てめぇの兄貴の親分ぐらい、知っとけッ」
 煩過ぎるぐらい声を荒げられて、腹の底から込み上げて来る不愉快な感覚に苛々し、自然と眉が寄った。


 ………そんな事は、知らない。知る筈が無い。
 だって僕の兄貴はヤクザの世界を自慢げに語った事は一度も無いし、教えてなんか、くれなかった。
 あの海藤凌が、皇導会の会長だったなんて…………僕は、知らなかった。
 自分の勘が的中したことを喜べる筈も無く、ひどく悔しい気持ちが込み上げて来る。

「会長はなぁ、すげぇお人なんだぜ?何たってあの樋口組長の片腕…」
「兄貴は、あんたみたいに皇導会の事を天下なんて誇張しないし、親分の事を自慢げにべらべら喋るような、下品で馬鹿な人間じゃないっ」
 男が喋りだすと抑えようの無いほど苛立ちが強まって、気付けば僕は、叫ぶように言葉を発していた。
 すぐさまはっとし、拙いと考えた瞬間、いきなり胸倉を掴み上げられる。
「何だてめぇ……俺はなぁ、大羽一家の連中に会長が撃たれて、ハラワタ煮え繰り返ってんだ。骨、へし折ってやろうか…あぁ?」
「――ッ、」
 ドスの利いた鋭い声が響いて、凄みの有る脅しに、体温が一気に冷えた。
 僕は、殴り合いの喧嘩なんて一度もした事が無いのだから、本職の人間に敵う筈も無いし、何より、痛いのは嫌だ。

 だけどこんな男に――――僕の兄を走らせた海藤凌の部下なんかに謝るのは、もっと嫌だった。

「僕みたいなガキに…ムキに、なるなんて馬鹿…みたいだ、」
 胸倉を掴まれている所為で苦しくて、滑らかに言葉を発することが出来無い。
 挙げ句に声も小さくなってしまったけれど、目の前の男には良く聞こえたみたいだ。
 その顔は、見る見るうちに色立ってゆく。
「このクソガキ…」
「――何をしている、」
 男が腕を振り上げた瞬間、聞き覚えのある声が耳に届く。
 男の動きがぴたりと止まって、相手は、声のした方へ驚きの表情を向けた。
 海藤凌の自室からは、他の男達も驚いた様子で出て来る。
「か、会長…なんで此処に?安静にって言われたでしょうに…」
「そんな事より、例のデータは見つかったのか?」
 そろりと視線を向ければ、涼しげな表情をしている海藤凌の顔が目に映った。
 撃たれた、と彼の部下が言っていた筈なのに海藤凌の表情からは、苦痛の色は微塵も感じない。

「会長、病院にお戻り下さい。大羽ん所のクズは俺らが必ず、会長の前に連れて来ますから。」
「俺は自分の手で片を付ける。病室で待っているなんざ、大羽の連中に嘗められるだけだ。てめぇの足で捜し出して報復してこそ、極道ってモンだろう。……それより、」
 表情は崩さず、厳しい口調で言い放った彼は、鋭い双眸を此方へと向けた。
「そいつは浩樹からの大事な預かり物だ。一度でも手を上げたらお前、浩樹に殺されるぞ」
「あ……す、すんません」
 胸倉を掴んでいた男が慌てて謝罪すると、海藤凌はそれ以上は何も言わず、自室の方へ足を進めてゆく。
 男は舌打ちを数回零した後、僕を突き飛ばすようにして離し、渋々と云った様子で海藤凌の後を追った。

 海藤凌の広い背を見ながら、僕はきつく、歯を咬む。
 動悸が速まって、どうしようも無く苛々する。
 尊敬もしていたし、信頼もしていた海藤凌が、僕の大好きな兄を走らせた元凶だと思うと、腹が立ち過ぎて仕方がない。
 ひどく腹立たしくて、そして悔しくて悔しくて、たまらない。
 ちくしょう、と声には出さずに思い、視線を床に落とした瞬間、海藤凌の呼び声が耳に響く。

「悠樹、そこに居ると邪魔だ。部屋に戻っていろ」
 冷たい声音に、不快感を覚えた。
 息苦しさすら感じ、僕は何も返さずに駆け出し、その場を走り去った。
 自室まで駆け抜けて扉を乱暴に閉めた後、机の上に重ねられた教科書を、思い切り手で払い落とす。

 どうして、教えてくれなかったんだ。
 どうして、兄も海藤凌も、僕に隠していたんだ。

 目に映るもの全てに当たり散らしてしまいたいほど、腹立たしい。
 感情が静まりそうになく、ちくしょうと今度は声に出して呟くと、棚に並べられた本やCDを片っ端から引き出して
 勢い良く床に叩き付け、僕はそのまま衝動に任せて暴れ続けた。


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