告白…4

「悠樹、入るぞ」
 散々暴れて疲れ果て、ベッドの上で横になっていると、聞き慣れた声とともに扉の開く音が響く。
 すぐさま上体を起こして視線を注げば、高級なスーツを纏った海藤凌の姿が目に映った。
 床に視線を落とした彼は、異常なほど散らばった本やCDを見て一瞬眉を顰めたけれど、すぐに此方を見据えて来る。
「何の用、」
 敬語も使わずに刺々しい声を放つと、相手の眉がぴくりと動く。
 怒り出すのかと思ったけれど、相手はスラックスの隠しに突っ込んでいた手を出し、床に落ちたCDを拾い出した。
 踏んでしまえば怪我をしそうなものだけを拾って、傍らの棚の上へ丁寧に置くその優しさに、苛立ちが強まる。

 ――――――僕に、本当のことを隠していた癖に。
 僕の大好きな兄貴を刑務所へ送りつけた張本人の癖に、平気な顔で真実を隠し続けていたのかと思うと、苛立ちは更に強まった。

「急用が出来て、これからまた直ぐに出て行くが…暫く戻れそうにも無いからな、一応家政婦を雇った。何か有ればそいつに…」
「撃たれたって…本当?」
 相手の言葉を遮るように問うと、それまで涼しげな表情を見せていた彼は、僅かに目を見開いて口を閉ざした。
 沈黙が暫く続いた後、彼の瞳がまるで逃げるように、逸らされる。
「…なんで、黙っていたの。皇導会の会長だってこと」
「別に、言う事じゃないだろう」
 素っ気無く返されて、かっと頭に血が昇った。
 無性に腹が立ち、僕はベッドから勢い良く飛び降りると、相手を睨みつけて詰め寄る。
「兄貴はヤクザの世界の事をあんまり言わないから仕方ないけど…でも、凌さん…あんたまで教えてくれないなんて、そんなの…ッ」

 ――――そんなの、ひどすぎる。
 好きだったのに、信頼していたのに………どうして隠していたんだ。

 裏切られたような気になって、腹が立ち過ぎて、悔しくてたまらない。
 兄貴に教えて貰えなかった事より、海藤凌に真実を隠されていた事が、何よりも腹立たしかった。
 事実を知らないまま呑気に暮らしていた僕を、海藤凌は内心、嗤っていたんじゃないかとすら思う。

「撃たれたところ、何処?」
 相手を睨みつけながら問うと、彼は此方を一瞥した後、右の脇腹を指した。
 此処だ、と静かな口調で返された瞬間、僕は拳を固く握り、指された箇所へ思い切り叩き込んだ。
 微かな呻き声が上がったけれど、海藤凌は屈み込む事もよろける事もせず、此方を真っ直ぐに見据えて来た。
 ひとを初めて殴った拳が、ずきずきと痛んで、熱くなる。

「…っ…あんたが…兄貴を走らせた所為で、兄貴は刑務所の中だ。あんたの所為だっ、兄貴を返せよっ」
 相手は、ヤクザだ。
 殴られて、骨を折られて、殺されるかも知れないと考えたけれど、強まる感情を止めることも抑えることも出来無い。
 もう一度同じ箇所を殴って、僕は喚いた。

「あんたなんか、大嫌いだっ」
 僕の愛する兄を走らせた張本人の、この男が憎くて、憎くて………。
 大好きな兄貴が傍に居ないのは、ぜんぶ、この男の所為だ。
 この男が、兄を刑務所に放り込んだようなものだ。

 そう考えて僕は…………海藤凌は決して許してはいけない存在だと、自分自身に強く、言い聞かせた。



 海藤凌は結局、僕に手を上げなかった。
 行って来る、と短い言葉をただ一言紡いで家を出て行き、二週間以上経つと、何事も無かったかのような顔で戻って来た。
 僕は、彼と以前のように親しげな口をきかなくなったし、掛ける言葉と云えば相手を責めるものだった。
 早く海藤凌のもとから立ち去ろうと考えてバイトを始めた所為で、週に二回は必ず行っていた兄の面会にも、行けなくなった。
 そんな生活が一ヶ月以上も続いていたある日、自室へ戻る途中、海藤凌に廊下でばったりと出会う。
「悠樹、最近…浩樹の所に行っていないらしいな」
「…あんたには関係無いと思うけど?」

 ――――兄貴を走らせた元凶が、軽々しく兄貴の名を口にするなよ。
 そう考えて苛立たしげに小さな舌打ちを零し、僕は相手から目を逸らした。
 さっさと自室に戻ってしまおうと思い、相手の横を通ろうと足を進めた瞬間、浅い溜め息が耳に届く。

「俺を憎もうが、それはどうでも良いが…浩樹の事まで、ぞんざいに扱う事は無いだろう。たった一人の肉親なんだ、大切にしてやれ」
 この上なく穏やかな声音で諭されて、足の動きが止まる。
 相手へ目を向けると、その顔は真剣な表情を浮かべていた。
 普段なら、海藤凌の顔を目にすれば憎まれ口の一つや二つ叩くが、脳裏に兄の姿が浮かんで何も言い返せなかった。



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