告白…7

「ひょっとして、これ…慰めてるの?」
「……悪いが俺は、こう云う慰め方しか知らない。」
「これ、女の人に対しての慰め方だよ。男を抱き締めたりしたら、変な噂立つよ?」
 相手の不器用な言動が可笑しくて、軽く吹き出してしまう。
 暫く笑っていると、ごちゃごちゃしていた頭の中が少し落ち着きを取り戻したものだから
 僕は一度深呼吸した後、相手のネクタイを掴んで軽く引いた。
「ごめん、」
 自分でも驚くほど素直に、謝罪の言葉が零れ落ちる。
 顔を上げれば、相手は少し不思議そうに此方を見下ろしていた。
「どうした、」
「…僕、全部あんたの…貴方の、所為にしてた。誰かの所為にしないと、兄貴が傍にいない辛さに負けそうだったから。……全部ひとの所為にして、少しでも楽になろうとしてた」

 狡くて、卑怯な、弱い自分。
 それを自覚すると、強い自己嫌悪に苛まれたけれど、もう、誤魔化したくは無かった。

「…僕は、自分の弱さから目を逸らして、逃げていただけなんだ。……ごめん、なさい」
 心からの謝罪を零すと、どうしてか相手は、喉奥で低い笑い声を立てた。
 口元はほんの少し緩んでいて、微笑が浮かんでいる。
 彼の微笑を見るのは、これで二度目だなと考える僕の前で、相手はうっすらと口を開いた。
「悠樹…お前は真面目な奴だ。俺は、お前みたいにはなれないからな…少し、羨ましい。」
「何が、……意味が分からない」
「その純粋さが俺には眩しく見えるって事だ。…早く風呂に入った方がいい。風邪を引く、」
 優しい声音を響かせて彼は僕の頭をくしゃりと撫でてから、振り向く事無く、その場から去って行った。



 過去の記憶を思い起こしながら、あの時から凌に惹かれ始めていたんだろうと、僕は思う。
 モバイルノートを操作している相手を一瞥した後、僕は再び口を開いた。
「ねぇ、早く答えて」
 ソファから降りて手を伸ばし、モバイルノートを横にずらした上で、僕は正面の硝子机を乗り越える。
 一瞬だけ男は顔を顰めたけれど構わず、机上へ腰を下ろして相手と向き合った。
「…悠樹、邪魔だ。降りろ、」
 厳しい口調で言葉を掛けられたけれど、組員に対する口調と比べれば、全然柔らかい。
 何も答えずにじっと見据えると、相手は深い溜め息を吐くだけで、怒鳴る事もしなければ僕を追い払う事もしない。
 残忍で冷酷な樋口組長の片腕と呼ばれ、冷酷無情な性格や怜悧さは樋口譲りだと云われている癖に
 凌は僕に手を上げた事も怒鳴り付けた事すら、ただの一度も無かった。

「……そんなに、浩樹の元に早く戻りたいのか、」
 無骨な手がゆっくりと伸びて、僕の顎を掴もうとして来る。
 すぐさまその手を払い落としたけれど、相手は顔を顰めるだけで僕を殴りつけることはしない。
「当たり前だよ。僕は、まだ兄貴を愛しているんだから。貴方がどれだけ僕を抱こうと、この心はずっと兄貴に向いているんだよ」
 嘲るように嘘を吐くと、彼は軽い舌打ちを零して僕から視線を逸らした。
 斜め上へ視線を向けた彼の表情には、後悔の色がはっきりと浮かんでいる。
 この優しい男は時折、今まで僕にして来た事を後悔する。

 ………もっと、僕の事で頭が一杯になれば良いのにと、いつも思う。


 凌が、僕なんかに惚れている事を知ったのは、今年に入ってからだ。
 樋口組の人間とは口論などしそうに無い彼が珍しく去年、若頭補佐の阿久津と険悪になったのだと、組員から聞かされた。
 あのモバイルノートをけなされた途端、凌の機嫌が急に悪くなったのだと聞いて、そこで漸く察した。
 いつから僕を好きだったのかは分からないけれど、僕を初めて抱いたあの日、凌は嫉妬していたんだと……今なら、分かる。



 一応は仲直りをして、僕は以前のように、自分から凌に話し掛けるようになっていた。
 休暇が出来たから面会に一緒に行かないかと、ある日、彼は初めて兄の面会に僕を誘った。
 二人揃って面会に行くなんて、何だか妙に恥ずかしい気分だったけれど了承し、凌が運転する車で目的地へ向かう。

 面会室に通されて、兄の顔を見ると僕はいつも通り、少し泣いてしまった。
 情け無い自分の姿を凌に見られるのが嫌で、仲直りをしたにも関わらず、僕はしきりに顔を背けてしまう。
 兄と言葉を交わしている間は、どうしてか凌の視線を感じたけれど、気の所為だろうとあまり気にも留めなかった。



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