『 嘘 』
携帯電話のアラーム音が頭上で鳴り響くと、悠樹は一度寝返りを打った後、直ぐに目を覚ました。
気だるげに手を伸ばして枕元の携帯電話を取り、音を止め、上体を起こす。
画面へ目を向けて日付を確認し、整った口元が無意識に緩んだ。
勢い良くベッドから降りて寝巻きを脱ぎ捨て、素早く着替えを始める。
待ち侘びた日が漸く、やって来た。
「どんな反応するかな…、」
笑い声を立てながら、愉快そうに呟く。
今日は、万愚節。嘘を吐いて、ひとをからかっても許される日だ。
この日の為に悠樹は、海藤に想いを告げることを、ずっと先延ばしにして来た。
1ヶ月以上前、海藤に告白させたものの、自分は結局、告白出来ずに終わった。
海藤がくれる快楽に夢中になって、云えなかった自分のことを思い出すと、少し苦笑が零れる。
自分も直ぐに告白してやろうと決めてはいたが、翌日、暦を見てあることを思い付いた。
告白してしまっては、もう二度と出来無いであろう、遊び。
子供じみたその企みを成功させる為に、毎日何度もしていたセックスも激減させた。
快楽で理性を無くした自分が、無意識に告白をしてしまっては拙いとの念だったが
海藤も組関係のことで多忙になったお陰で、回数を減らしたことには触れられずに済んでいた。
着替えを終えた悠樹は携帯電話を手にし、再び日付へ目を通す。
指先で画面をなぞると、自然と笑いが込み上げて来る。
……………誰よりも愛しいひとを、少し、苛めてやろう。
そう考えた後、ベッドの上へ携帯電話を放り、寝癖も直さないままで自室を出た。
急ぎ足で廊下を通り、海藤の部屋へ向かう。
あの男は確か、深夜2時を回った頃に帰宅したのだから、まだ寝ているだろうと察しはつく。
これからする行動で、寝起きの悪いあの男が、一気に目を覚ますほど驚いてくれるか試してみたい。
今日の正午までは質の悪い嘘を吐いて、愛しいあの男で遊んでやろうと、心に決める。
心底愛しくて堪らないのに、出来れば大切にしたいのに、苛めてやりたくもなるのだ。
まるで、アンビバレンス。ひどく矛盾していて、そして何より、子供じみている。
己の中には、実に様々な面が有るんだなと、悠樹は常々思う。
やがて部屋の前へ辿り着き、足を止めた悠樹は、ノックもせずに堂々と扉を開けて入室した。
後ろ手に扉を閉めながら、部屋の中央にある広いソファへ目を向ける。
寝室まで戻る気力も無かったのか、海藤は部屋着に替えることもしておらず、スーツ姿のままソファ上で眠っていた。
室内の明かりも点けっ放しで、高級なスーツの上着だけが無造作に、絨毯の上へ置かれている。
それを拾い、ソファの背凭れへ掛けてやった悠樹は、眠っている海藤の顔を覗き込んだ。
眉を顰めた、何処と無く不機嫌そうな寝顔を暫く眺めた後、視線を緩やかに下げてゆく。
ベストの前は開いているが、ワイシャツの釦は一番上のものしか外されていない。
ネクタイですら、ほんの少ししか緩められておらず、よほど疲れきっていたのだろうと察する。
帰宅して上着を脱いだ後は、力尽きたように眠ったんだろうと思案し、手を伸ばしてネクタイを掴む。
結び目に指を掛けて引き、緩め、解いたそれを床へ落とした。
「凌、」
今度はシャツの釦へ手を掛け、一つ一つ丁寧に外してやりながら名を呼ぶ。
しかし、返答は無い。
半ば辺りまで釦を外して前を開くと、悠樹は躊躇う素振りも見せず、露わになった鎖骨へ唇を寄せた。
何度か口付けを繰り返し、続いて喉仏を軽く舐めてやった後、己の唇をうっすらと舐める。
「ねぇ、凌…」
声色を変え、ねだるように甘い声を出してみるが、目を覚ます気配は窺えない。
熟睡しているなと考え、悠樹はくすりと笑って海藤の耳元へ顔を寄せた。
「凌…好きだよ、大好き。」
初めて口にした言葉は、思ったより小さく、少し震えている。
まるで純情な女みたいで、らしくないなと内心苦笑した瞬間
それまで眠っていた海藤が急に目を開け、飛びのくようにして身体をずらした。
瞠目し、硬直して動こうとしない海藤の、期待以上の反応の良さに、悠樹は堪え切れずに笑い声を立てる。
「おはよう、凌。朝食、食べに行こうよ」
「悠樹、今…何て言った、」
「朝食を食べに行こうって」
「…その前だ、」
苛立った声を掛けられると、ますます笑いが止まらない。
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