嘘…2
大分焦っているなと考え、うっすらと口を開く。
「好きだよ、って。告白したんだけど?」
愉快げにくすくすと笑いながら、今度は流暢に、その言葉を言えた。
すると海藤は眉を顰め、腑に落ちないと云った表情を見せる。
「本気、なのか…」
戸惑いがちに尋ねるが、悠樹は口元を緩めるだけで答えようとしない。
それどころか、まるではぐらかすようにネクタイを拾いだし、意味も無く指を絡めだす。
焦れた海藤は大きく舌打ちを零し、唐突に、悠樹の腕を強く掴んだ。
そのまま強引に引き、相手の身体をソファへ転がすと、まるで逃すまいとするかのように素早くのしかかる。
「答えろ、悠樹。本気で俺を好きなのか、」
切羽詰った声音が、上から降って来る。
気を良くした悠樹は手を伸ばし、海藤の首へ両腕を絡めた。
そっと顔を近付けて海藤の耳元へ唇を寄せ、聞き逃す事が無いようにと、なるべく明瞭に囁く。
「……嘘だよ、ぜんぶ。」
予想もしなかった返答に、海藤は呆気に取られる。
目を見開き、無言のままでいると、くすくすと愉しそうな笑い声が響く。
「今日は何の日か分かる? …4月1日、」
「……万愚節か」
「そう、嘘をついても許される日。引っ掛かった凌は、4月馬鹿ってこと。」
心底愉しげに笑う悠樹に対して、海藤は逆に苛立ち、舌打ちを零す。
紡がれた嘘を信じてしまったのは、期待していたからだ。
そうなれば良いと………悠樹が、自分を好きになればいいと、望んでいたからだ。
悠樹に愛されることを望んでいた自分の、らしくなさに、次第に腹立たしくなる。
相手の上から退き、海藤は深々と溜め息を零した。
―――――俺は、武闘派樋口組の、若頭だろう。こんなガキに、何を振り回されているんだ。
平静を取り戻そうとするかのように瞼を閉じ、自分自身に言い聞かせる。
「凌、好きだよ」
が、耳に届いた言葉に、心はひどく騒ぎだしてしまう。
どれだけ平静を努めようとしても、悠樹の前では無力だと、海藤は思う。
目を開けて視線を向ければ、眩しく感じるほど、愉しそうに笑っている悠樹の顔が視界に入る。
悠樹じゃなければ………自分の、好きな相手でなければ、躊躇い無く殴り付けていただろう。
再度溜め息を零した後、海藤はソファから腰を上げ、少し距離を置いた。
「馬鹿の一つ覚えみたいに、今日はそれをずっと繰り返すつもりか?」
「そうだよ。馬鹿の一つ覚えでも、凌には効果大だもの。僕のことが大好きな凌を苛めるのって、愉しくてたまらない」
嫌味な物言いで尋ねてみたが、悠樹にはまったく効いていない。
愉しくて愉しくて仕方が無いと云ったように口元は緩めたままで、笑みを消そうとはしない。
綺麗に整ったその顔は、笑うと更に魅力的だ。
一瞬、見惚れそうになった自分に対して、海藤はあからさまに大きな舌打ちを零し、スラックスの隠しへ手を突っ込む。
好きだと言われるのは、相手が悠樹ならば嬉しい事この上無い。
けれど、そこに本心が込められていないのであれば、苦痛なだけだ。
今日一日は地獄だなと苦々しげに笑った後、海藤は前髪をゆったりと掻き上げた。
「朝食、だったな。場所は…いつもの処でいいのか、」
「うん。東峰亭の料理、好きなんだ、僕。」
「あすこは俺のシマ内でも、人気が高いからな。…さっさと仕度をしろ。それと、寝癖も直して来い」
声を掛けると悠樹は素直な返事を零し、海藤に背を向けて進み出す。
その足取りは、実に軽やかだ。
対する海藤の気は重く、悠樹が部屋を出て行くと
溜め込んでいた感情を一気に吐き出すように、深々と溜め息を零した。
家を出る頃には、大分時間が過ぎていた。
海藤が一度風呂に入ろうと考えたのも有るが、悠樹も、寝癖が思い通りに直らない所為で入ることになった。
二人で共に入れば時間短縮にもなった筈だと、海藤は未だに思う。
しかしそれは悠樹に断られ、その上、浴室の内側から鍵まで掛けられてしまっては入る事も出来ず
お陰で、車に乗り込んだ時には二時間以上も過ぎていた。
「今更、恥ずかしがることも無いだろう、」
ちらりと助手席へ目を向け、なだらかに車を発進させながら言葉を放つ。
悠樹は何処と無く嬉しそうに、携帯電話の画面を指でなぞっていたが、声を掛けられると表情を不機嫌なものに変えた。
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