嘘…3
「誤解しないで欲しいんだけど…一緒に入ることを恥ずかしがるほど、僕は純情じゃない。凌と一緒に入ったら、セックスしそうだったから拒んだだけ」
「可笑しな奴だ。それこそ、今更…だろう、」
小馬鹿にするように鼻で笑いながらも、意味深な物言いで返され、悠樹は素早く視線を逸らす。
海藤の意味深な科白によって、単純にも上がり掛けた身体の熱を鎮めようと、ほんの少し目を伏せた。
「凌、そう云う発言するのって、歳取った証拠。変態オヤジみたいだから、やめた方がいいよ」
挑発的、としか思えないほどの生意気な物言いだが、不思議と腹は立たない。
惚れてしまえば、ある程度のことは気にならなくなるものだと、海藤は思う。
そのまま暫く無言で車を走らせていたが、ふと、ある事を思い出す。
「そう云えば…最近はお前と風呂に入ることが無いな」
不意に掛けられた言葉に、悠樹は内心、どきりとする。
けれど、おもてには出すまいと努め、素っ気無い表情を見せた。
「凌の帰りが、遅かったからだよ。」
「いや…以前はお前、俺の帰りが遅くても起きていただろう。セックスも……あの日以来、回数が減っていないか、」
「凌はさ、疑い深いね。考えすぎると禿げるよ。…あーあ、腹が空き過ぎて死にそう。」
話題を避けるかのような呟きに、海藤の眉がぴくりと動く。
………やはり、自分との行為を避けている。
原因は何かと訝りながらも、ナビへ目を向け、時刻を素早く確認した。
「この分だと、着く頃には11時を過ぎるな。朝飯だか昼飯だか、分からなくなるぞ」
「そんなことを一々気にするほど、心狭くないよ僕は。この飢えが満たされて、美味しければ何だっていい、」
若干粗雑さを感じる悠樹の発言に、こいつらしいなと海藤は考え、うっすらと口元を緩める。
しかし脳裏には、何故行為を避けているのかと云う疑問が、強く残る。
理由を無理にでも聞き出してやろうと決めた海藤は、アクセルを踏み、車を疾駆させた。
料亭へ辿り着くと数寄屋造りの離れに通され、閑散とした座敷にあがり、悠樹は自分の腕時計を確認した。
時刻は、海藤の予想通り11時を過ぎている。
嘘を吐いても許されるのは午前中だけなのだから、もう直ぐ終わってしまうなと考え、視線を雪見障子へ移す。
障子越しに見える庭は、風情の有る眺めだ。
若葉の艶やかな緑の中で、山茱萸、連翹などの美しい鮮黄色や
赤い花弁に白の斑が入った胡蝶侘助の華やかな色模様が、見事な美しさを醸し出し、春を感じさせる。
しかし悠樹はどれだけ庭を眺めても、木々や花の名前など分かる筈も無く、溜め息を零した。
「凪さまだったら、こう云う時、どんな花か見分けられるんだろうね。」
微かに聞こえる庭池の水音に耳を澄ましながらも、不意に、ぽつりと呟く。
座椅子へと腰を下ろし、ネクタイを少しばかり緩めだした海藤は、呟きを耳にして眉を寄せた。
「…男の癖に花なんぞに詳しくなって、どうするんだ。くだらない、」
「分かってないなぁ、凌は。何かを好きになったり熱中出来るのは、すごい事なんだよ。僕は好きなことが一杯有るけれど…凪さまみたいに、詳しくなるほど勉強したりなんて出来無い。すぐに厭きるし、」
「お前は単に、集中力が足りないだけだろう、」
「集中力なら有るよ、試験前は特にね。僕の場合は好きなことに対してのみ、あまり熱中出来無いんだ。」
「何が言いたい、」
「好きなものに対して知識を広げてゆくのが、本当は恐い。知識を広げることで、好きだったものが嫌いになる可能性も有るから」
真向かいの海藤をじっと見据えながら答えるが、悠樹は一度区切りを付けた。
腹が減り過ぎて仕方が無く、空腹を少しでも紛らわそうと、茶を呑む。
喉奥へ流れてゆく苦味に、無意識に吐息が零れる。
一人の青年の姿を思い浮かべながら、少し間を置いた後、言葉を続かせた。
「でも凪さまは、嫌な部分を知ってしまったとしても、好きでいられる自信が有る。」
「悠樹、それは…何の話だ。凪様が、組長を嫌いにはならないと云う意味か、」
訝しげな問いに、悠樹はかぶりを振るだけで何も口にはしない。
最初の頃は、海藤の――――好きなひとの色々な面を知ってゆく度に、喜びや幸せを感じた。
けれど、今は…………喜びと同時に、少し、恐れも抱く。
好きだったものが自分の内で、やがて輝きを失ってゆくかも知れないと云う、恐怖。
以前、あの青年に初めて会った時、悠樹はそれを話したことが有る。
初対面だと云うのに妙な話題を振ってしまったが、青年は少し淋しそうに笑いながら言ってくれた。
[前] / [次]