『 おかまとあほと胃痛と 』
「おい、見ろよ。第四隊のユキヤさんだ」
漆黒の軍服に身を包み、城内を颯爽と歩くユキヤを兵士達が目で追う。
第四部隊は国王直属の特殊部隊で、あまり表に顔を出すことは無い。
それが堂々と城内を歩いているのだから兵士達は、なにごとかと好奇の眼差しを向けてしまう。
注目を浴びてもユキヤに動じる気配は無く、稀に目だけを動かして、何かを捜す素振りを見せる。
常に無表情で眉一つ動かさないユキヤの様子に、兵士の一人が納得したように「噂通りのマリオネッテだ」と呟く。
戦場に駆り出されても表情を一切変えず、次々と敵兵を斬り殺してゆく姿から付けられた異名だ。
兵士とは数メートル距離があいていたが、その呟きはしっかりとユキヤの耳に届いていた。
しかしユキヤは反応せず、興味すら無いかのように、細長い廻廊を突き進む。
廻廊は燭台の灯りで淡く照らされてはいるものの、以前と比べれば、あまりにも暗すぎる。
普段なら城内の所々に配置されている筈のライトが、数日前、急にすべてスパークして壊れてしまったのだ。
ライトは、同盟を組んだ際にテクノポリスから送られたもので
優れた技術士が多い、あの都市の物が壊れるなど有り得ない、と。誰もが首を傾げていた。
そのうえ、通常の技術士よりも遙かに優れた―――特化技術士が造り上げたライトをよこしてくれたのだ。
それが壊れたとなっては、テクノポリスにとっても面目が立たず、直ぐに代わりのものを差し出すと申し出てきた。
が、直ぐに解決するかと思いきや、そこでまた一つ、問題が発生した。
ライト製造者の特化技術士が、「自分の造った物が簡単に壊れる筈が無い」と、異議を唱え―――失踪した。
恐らく、この国に向かったのだろうと、テクノポリスの幹部連中が予想した通り
その人物は昨夜、街道を進んだ先の港町で発見された。
「原因を追究するまで戻らない」と、頑なに主張し続けて港町から離れようとしない、その特化技術士を
この国まで護衛して連れて来いと云うのが、今回、ユキヤに与えられた任務だった。
第四部隊の、しかも隊長の自分を指名して来たあたりからして
“特化技術士に一般市民が触れることは許されない”と噂されているのは、真実なのかも知れない。
ユキヤは表情を変えずに思案に暮れ、ふと、格子窓の外へ目を向けた。
緑が生い茂った中庭には、樹齢千年を超える巨木がある。
その木陰で、寝そべって読書に耽っている男を見つけ、ユキヤは急ぎ足で螺旋階段を降り、外廊下を通って中庭に出た。
「…アルファルド、」
まっすぐに男のもとへ向かったユキヤは、感情を含まない声で名を呼ぶ。
男は書物から顔をずらしてユキヤに視線を合わせると、灰色の瞳を細めた。
その顔には、愛想のいい笑みが浮かぶ。
「やあ。隊長殿、どうしたんだ…表まで出て来るなんて珍しいじゃないか」
「国王から任務を受けた。一人なら、従者を決めても良いらしい。ついて来い、」
「待て待て、ユキヤ。急すぎるだろう、何で俺なんだよ」
「同じ第四部隊だから」
ユキヤは表情を変えず、しかし口調は当然だと言わんばかりに、答える。
幼馴染の境遇ゆえ、アルファルドはユキヤの性格を良く知っている。一度、こうと決めたら簡単には曲げようとしないのだ。
恐らく、諦めてはくれないだろうと察したが、アルファルドは首を横に振って説得を試みた。
「でも、俺は頼りにならないよ。知っているだろう、戦闘向きじゃないんだ。外なんか出たら死んでしまう」
「大丈夫だ。おまえ、運だけはいいからな、」
「確かに、そうだけれど…必要なのは運よりも実力だろう。俺より使える奴は、山ほど居る。
副隊長殿でも連れて行けばいいじゃないか」
「自分がこの国を離れるんだ。副隊長までいなくなって、どうする。」
食い下がらないユキヤに折れ、アルファルドは頭を掻きながら起き上がった。
「分かったよ。仕方ないな…大事な幼馴染の頼みだもんな」
「頼んではいない。命令しているだけだ、」
すかさず、ユキヤの冷淡な声音が掛かる。
今まで、何度も同じようなやり取りをしてきた所為で腹は立たない。
アルファルドは可笑しそうに笑い声を立てると、促すように、ユキヤの肩を叩いた。
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