おかまとあほと胃痛と…02
ひと気の無い街道を進むユキヤの斜め後ろで、
アルファルドは周囲を見回し、手元の音波測定器を何度も確認していた。
人間を襲うのを目的に造られた獣――――人造獣を寄せつけない音波は
城だけでなく、人々が暮らす場所であれば必ず発せられている。
人口数が10人にも満たない小さな村でも、ネクロポリスの技術士が赴き、音波装置を設置してゆくのだ。
しかし音波はその地域だけを囲む為、“外”に出てしまえば徐々に届かなくなり、人造獣に襲われる危険性は極めて高くなる。
過去に何度か、“外”にも装置を設置した例があったが、旅人を襲う賊―――狩りびと達が、すべて持ち去ってしまった。
その為、今でも“外”は様々な人造獣が出没し、狩りびと達が横行する危険地帯のままだ。
「アルファルド、さっさと歩け。いつまでびくついている気だ、」
慎重になり過ぎていた所為で、アルファルドの歩行速度は遅く、ユキヤを待たせる結果になる。
大分離れた位置で歩を止めたユキヤは振り返り、相手が追いつくのを待ちながら声を掛けた。
アルファルドは測定器を見つめたままで進み、ユキヤの隣に並ぶ。
「だから、言っただろう。俺は戦闘向きじゃないって。人造獣とまともに戦えるユキヤとは、違うんだよ…警戒して当然だろ?」
深々と溜め息を交じえて返すが、ユキヤは気遣う素振りも見せず、無表情のままだ。
油断している訳では無いと云う事を、アルファルドは充分判っている。
ユキヤの片手は常に剣の柄に掛かり、いつでも抜ける態勢になっているのだから。
「おまえには、運と逃げ足の速さがあるだろう。」
淡々とした声が横から響き、アルファルドは測定器から目を離した。
視界に入ったユキヤの横顔は普段と変わらないが、長年の付き合いのアルファルドには、理解出来る。ユキヤは、冗談を言ったのだ。
思わず軽く吹きだしたアルファルドが、小さな笑い声を立てる。
「そうだな。じゃあ、颯爽と逃げおおせることにするよ」
「いや、どちらかと云うと脱兎の如くだろう。おまえはいつだって、情けないからな、」
「ひどい云い様だなぁ……そういえば、ユキヤ。俺は、まだ今回の任務を詳しく聞いていないよ」
傷付いた様子も無く、憤りもせず、アルファルドは思い出したように話題を振る。
ユキヤは視線だけを動かして相手を捉え、少し間をあけたのち、口を開いた。
「テクノポリスの特化技術士を知っているか、」
「ああ。通常の技術士よりも、遙かに巨大なエネルギーを込められる特殊な人種だろう」
「そうなのか、」
まるで興味が無さそうに、短い言葉が返される。
アルファルドは目を見開き、信じられないと云った様子でユキヤを見た。
「まさかユキヤ…特化技術士を知らない訳じゃないだろうな」
「馬鹿にするな、知っている。」
「だよな、ああ…驚かせるなよ」
ははは…と。明るい笑い声を立てたアルファルドの横で
ユキヤは視線を正面へ戻し――――
「…名前だけなら知っている。」
無感情な声を、響かせた。
アルファルドの笑い声が次第に、乾いたものに変わってゆく。
笑い顔が引きつり、やがて、二人の間に数秒ほど沈黙が走った。
「う、嘘だろう…世界中の常識だぞ」
「興味が無い。」
驚きに満ちた声を上げるアルファルドに対し、ユキヤは眉ひとつ動かさず、きっぱりと返す。
その様子に思わず呆然としたが、すぐさま、勢い良く首を横に振ってみせた。
「まてまて、興味が無いじゃあ、済まされないだろう。知っていなきゃ、おかしいんだ。常識を知らないって事は、恥だよ」
「煩いやつだな。そんな事はどうでもいいだろう、」
「どうでも良くない! いいか、聞けよ……千年王国の第四部隊と云えば、世界中に名が知れ渡っているんだ。
他の国なんぞ足元にも及ばないし、どの国からも優遇されるほどの特殊部隊だ。
しかもユキヤは、その第四部隊の隊長なんだぞ。それなのに特化技術士を知らないなんて……まてよ。なら、技術士も知らないんじゃないか?」
「アルファルド、あまり馬鹿にするな。名前だけなら知っている、」
恥じる様子も無く、当然だと云わんばかりに答えるユキヤに、アルファルドは頭を抱えた。
その刹那―――。
頭上からけたたましい咆哮が響き、アルファルドの身体を緊張感が突き抜ける。
不意に、足元に落ちた大きな影が、見る見る内に範囲を広げてゆく。
耳障りな重々しい羽音も合わさって、仰ぎ見ずとも、かなり巨大な人造獣だと理解出来る。
アルファルドは慌てて、頭上では無く音波測定器を確認した。
「…って、いつの間にか音波が届かない位置に、来てたじゃないかっ」
「アルファルド…おまえ、あほだろう、」
「ユキヤに言われたくない!」
「逃げるぞ。走れ、」
短い言葉を掛け、港町を目指して走り出す。
取り乱しているアルファルドとは対照的に、ユキヤはひどく冷静だった。
[前] / [次]