おかまとあほと胃痛と…03

 アルファルドも一瞬遅れはしたが、ユキヤに対する強い信頼からか、極度の緊張感の中でも反射的に足が動く。
「どうしたんだ、ユキヤ! 戦わないのかっ?」
 ユキヤの隣を全速力で走りながら、声を荒げ、怒鳴るようにして問う。
 人造獣を既に視認していたユキヤは、隣の幼馴染へちらりと視線を投げた。

「あいつ…上級の人造獣だ。上級とは、まだ戦った事が無い。」
「つまり、勝てる自信が無いんだなっ?」
「いや…おまえが邪魔だ。自分一人だったなら、恐らく、勝てる。」
「すみませんねっ、足手まといで!」
「ああ、まったくだ。…アルファルド、追いつかれる。止まれ、」
 表情を変えず、至極冷静に返したユキヤが不可解な言葉を続かせる。
 咄嗟に立ち止まったアルファルドの横で、ユキヤは不意に身を翻し、幼馴染の背中を力任せに蹴り付けた。
 強化術を施された部位だった為、アルファルドに大したダメージは無いが
 衝撃で、数メートル先まで勢いよく吹っ飛んでゆく。
 彼の悲鳴がユキヤの耳に聞こえたが、二人の間を通り抜けた轟音によって、直ぐにそれは掻き消えた。

 正面に回った人造獣が、舞い上がる砂埃の向こう側で凶暴な瞳を光らせる。
 硬い鱗に覆われた翼が重々しい羽音を響かせる度に、砂塵が巻き上がる。
 視界を塞がれるなかで、ユキヤは焦燥の色も無く、ただ静かに剣を引き抜いた。
 人造獣が、けたたましく吠えたと同時に、巨体からは想像がつかないほどのスピードでユキヤに迫る。
 怯まず、地面を勢いよく蹴り付けたユキヤの身体が、宙に跳んだ。
 そのまま剣を振り上げた瞬間、人造獣の鋭く光る爪が、空を切った。
 甲高い金属音を響かせて、漆黒の刃で人造獣の攻撃を受け止める。
 しかし人造獣は退かず、巨体を少し傾け、太い尾でユキヤを叩き落とした。

「ユキヤ…ッ!」
 高らかな衝撃音と共に地面に穴が空き、ユキヤの姿が見えなくなる。
 岩場の影に隠れながら見守っていたアルファルドの顔が、さっと青褪めた。

 やはり上級ランクの人造獣は、力の差が圧倒的だ。
 あのユキヤでも勝てないのでは無いかと云う、一抹の不安がよぎる。
 思わず身を乗り出したアルファルドを、人造獣の鋭い眼が捉えた。
 人造獣は裂けた口元をつり上げて、鋭い牙を剥き出しにする。
 地響きを立てて進み、ゆっくりとアルファルドのほうへ近付いてゆく。

 わざわざ飛んで来ないのは、獲物を追い詰めるのを好んでいるからだろう。
 迫り来る巨大な獣を前に、成す術も無く、アルファルドは情けなく尻餅をついた。
 恐怖で背筋が凍りつき、足は思うように動かせない。
 か細い悲鳴を零した刹那、人造獣の背後で鈴生りのような、微かな音が響く。にわかに、人造獣の頭上を黒い影が掠めた。
 影は―――ユキヤは、軽やかに人造獣の鼻先へ着地すると同時に
 漆黒の刃を振り下ろし、相手の右目を深々と斬り付ける。

 咆哮を轟かせた人造獣が暴れだすより先に、ユキヤは素早くその場から離れ、アルファルドの前に立つ。
 両足は大地を踏まず、ユキヤは宙に浮遊したままの状態で立っていた。彼の具足は、仄かに発光している。


 ―――――特化技術士が造り上げた、飛行用の具足だ。
 アルファルドは素早くそう判断したが、疑問を抱く。
 飛行用の具足を造るには、厖大なエネルギーを必要とする。通常の技術士には、造れる筈が無い。
 その為、特化技術士にしか造ることの出来無い、あの具足は
 世に六つしかない貴重なもので、いくら第四部隊隊長といえど安易に入手できる代物では無いのだ。

「ユキヤ…お、お前、それ…」
「心配するな、王からの借り物だ。許可プログラムもインストール済みだから、違法にはならない。」
 驚くアルファルドの前でユキヤは剣を振るい、付着した赤い血液を払いながら答える。
 何も聞かされていなかった所為で、思考がついてゆけないアルファルドだったが
 片目を奪われた人造獣が暴れだして尾を振り回し始めると、はっとし、非難の声を上げた。
「それが有れば、余裕で逃げられたじゃないかっ!」
「そうなんだが…あいつ、おまえを先に襲おうとした。許せる筈がないだろう、」
 信じ難い返答に、アルファルドは目を見開く。
 長年の付き合いだと云うのに、無関心な態度ばかり取られている分
 余計に、ユキヤの言葉が嬉しく、アルファルドは照れたように頭を掻いた。

「ゆ、ユキヤ…何だかんだで、俺のこと、想ってくれているんだな…」
「いや。弱いやつから先に襲おうとする、腐りきった性根が許せん。だから、叩き斬ってやらなければ気が済まなくてな、」
「はいはいっ、そうですよねっ、そうだと思いましたよ!」
「何を怒っているんだ、おまえは。おかしな奴だな…、」
 不可解とでも云うように、僅かだが眉根を寄せて呟く。

 ―――――が。
 場の緊張感に相応しくない余裕の有るやり取りは、人造獣の咆哮によって中断された。



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