おかまとあほと胃痛と…04
潰された左目から赤色の血液を流し、人造獣は猛り吠える。
憤怒に染まった片目を向けられ、威圧的な鋭い殺気を全身に浴び、そのあまりの迫力にアルファルドは居竦まった。
しかし人造獣は、アルファルドでは無く、ユキヤだけを視界に捉えている。
警戒しているのか、低い唸り声を立てるだけで距離を保ったまま動かず、ユキヤを睥睨する。
ユキヤはやはり平然としていたが、何を思ったのか、素早く具足を脱ぎ始めた。
「こいつを使って、先に町へ向かえ。此処に居られると、邪魔だ。」
貴重な物だと意識していないかのように、無造作に具足を放り投げる。
アルファルドは慌てて、それを両手で上手くキャッチし、声を張り上げた。
「ユキヤ、お、お前…! 投げたなんて知られたら、首刎ねられるぞっ」
「おまえさえ黙っていれば、問題は無い。」
きっぱりと云い切り、次いで、人造獣目掛けて駈け出す。
急いで具足を装備し始めたアルファルドだったが、尚も動かない人造獣に気付き、手を止めた。
ユキヤが徐々に距離を縮めると――――不意に、人造獣が、ぞっとするような笑みを見せた。
残った片目を細めて口端を吊り上げ、不気味な笑いを浮かべている。
「なんか、やばそうだ。ユキヤ、気をつけ…」
呼びかけようとした瞬間、人造獣が大口を開けた。
燃焼音とともに青白い炎が一瞬で吐き出され、大地を焦がす。
数メートル先まで炎が広がり、ユキヤの姿は見えなくなる。焼かれた草木は、跡形も無くなった。
アルファルドは目を凝らし、ユキヤを捜す。
先刻までユキヤが居た場所は炎に包まれ、焼かれた大地は黒ずみ、焦土と化した。
懸命に周囲も見回してみるが、やはり、ユキヤの姿は見つからない。
「ユキヤ…まさか、まさか……死…?」
最悪の事態を想定し、身体は絶望感で震えだす。
人造獣は勝利の咆哮と思わしき声を高らかに響かせ、やがて、またしてもアルファルドに迫る。
巨体を揺らしながら、ユキヤが居たであろう位置を悠々と通り過ぎた、その刹那。
地面から、黒い影が素早く飛び出した。
炎によって隠れていたその場所には、ぽっかりと穴があいている。
ユキヤは地面を斬って穴をあけ、人造獣の攻撃をやり過ごしていたのだ。
「……だからおまえは、邪魔なんだ。なにをもたついている、」
幼馴染に声を掛けながら、ユキヤは人造獣に斬り掛かる。
振り向いた人造獣の首元目掛けて、容赦なく、剣を振り下ろした。
だが、既のところで人造獣の鋭い爪が間に割り込み、ユキヤの攻撃を防ぐ。
凄まじい金属音が鳴り響き―――――続いて、目に飛び込んだ驚愕の事態に、アルファルドは悲鳴を上げた。
ユキヤも一瞬だけ瞠目し、人造獣の腕を蹴って反動で離れ、距離を取る。
折られた漆黒の刃は宙を舞い、ユキヤの足元へ落下した。
「やばい、やばいぞユキヤ…もう無理だ、逃げろっ」
頭を抱えて悲鳴を上げ続ける幼馴染の説得に、ユキヤは応じようとはしなかった。
折れた剣を無表情で見下ろし、地面に転がった刃へ視線を落とす。
人造獣は好機とばかりに翼を広げ、ユキヤ目掛けて突進した。
素早く地面を蹴って躱すが、人造獣は翼を翻し、再びユキヤに迫る。
アルファルドは咄嗟に、飛行用具足の爪先部分で地面を強く蹴り付けた。
鈴生りのような音が響くと同時に、アルファルドは目にも止まらぬ速度で人造獣の眼前を通り過ぎ、ユキヤの片腕を掴んで飛び去る。
一瞬の出来事だった為、人造獣が漸く気付いた頃には
既に、アルファルド達は大分離れた位置を飛んでいた。
追おうと翼を広げるが、飛行用具足は人造獣の出せる速度を遙かに上回り、見る見る内に離れてゆく。
「アルファルド、勝手な真似を…、」
「あほっ、隊長にこんな処でくたばって貰っちゃ困るんだよ」
「黙れ。おろせ、」
宙を飛びながら言葉を交わすが、阿呆扱いされたことが癪に障り
ユキヤは不服そうに、幼馴染の手を剥がそうとする。
「ば、ばか、暴れるなよユキヤ! こんな速度だから、まだ上手くコントロール出来な…」
云い終わらぬ内にバランスを崩し、アルファルドは悲鳴を上げながら
凄まじい速度で、無言のユキヤと共に港町へ落下してゆく。
真下には停泊した船の甲板が待ち構え、死を覚悟したアルファルドは咄嗟に目を瞑った。
その横で、ユキヤは冷静に片手を伸ばし、剣の柄で飛行用の具足を強く撲る。
具足の速度は瞬く間に落ち、宙に浮かんだまま停止すると
ユキヤはアルファルドの手を離し、甲板の上へ華麗に着地した。
「アルファルド、もっと頭を使え。おまえのほうが、あほだな。」
「ユキヤにあほって云われたくない。…まったく、ユキヤと外に出ると胃がもたないよ」
甲板に降り立ったアルファルドが、胸元を押さえながら不満げに返す。
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