『 てのひら 』

 クリスマスイブの前夜に掛かって来た電話は、皓良(あきら)の気分を滅入らせた。
 相手は、女友達だ。
 彼氏にふられ、もう生きていけないと十日前まで散々泣いていたのに、受話器の向こう側の声はやけに明るい。

「だからね、あのね、カレシが新しく出来たの。前カレの事は、もうあんまり引き摺ってないから…」
 早口で告げる相手の顔が、どれほど嬉しそうに輝いているか……皓良には、安易に想像できた。
 だが、おめでとうと心から云うには、躊躇われる。
 笑い掛けてやることもできず、皓良の眉は自然と寄りだした。

「ちょっと待てよ。おまえが、一人は嫌だって言ってたから…俺、恋人に頭下げてまでクリスマス空けたんだぜ。それを、ドタキャンかよ」
「だから、ホントごめんって。ねえ、今からカノジョに電話してみれば良いんじゃない? キャーって叫んで喜ぶかもよ」

 ―――――女じゃねぇから、そんな風に喜ばねぇよ。
 思わず口にしそうになった言葉を何とか呑み込んで、皓良は一度溜め息を吐いた。


「俺の恋人は、おまえみたいに、大袈裟に喜んだりしないんだよ」
「へえー…オトナ、なんだ? あっ、カレシ来たから切るね、じゃあねっ」
「お、おいっ」
 一方的に切られ、悔しげに舌打ちを零す。
 回線が途切れた音がひどく耳障りでたまらず、携帯電話のキーを押してとめる。
「有り得ねぇだろ、ふつう」
 片手で頭を抱えながら、ひとり呟く。

 24日と25日を一人で過ごしたくないと口にし、見ているほうまで辛くなるぐらいに傷付いていたから
 恋人の誘いを断ってまで友達を優先したと云うのに……あんまりだと、皓良は思う。
 再度、深々と溜め息を吐き出した後、携帯電話の画面を睨む。

 脳裏には、複雑な表情をしていた恋人の姿が浮かんだ。
 指を動かして操作し、開いたアドレス帳のなかに、恋人の名前を素早く見つける。
 いささか躊躇ったのち、通話キーを押して電話をかけた。
 呼び出し音が数回鳴り響くが、一向に出る気配は無い。

「皓良? どうしたんだ、」
 諦めだした頃に回線が繋がり、相手の声が受話器越しに響く。
 普段と変わりのない、穏和な声を耳にした皓良は思わず、ほっと息を零した。
「あ、あのさ…俺、明日と明後日の予定、キャンセルになっちまったんだけど…」
「…女ともだちと過ごすんじゃなかったっけ、」
 ほんの少し、咎めるような物言いで返され、皓良は内心焦りだす。
 携帯電話を掴む手に、力がこもる。

「お…怒ってんのかよ」
「いや。皓良はいつも…誰にだって優しいよなって、感心してるだけ」

 ―――なんだよ、それ。嫌味かよ。
 相手の誘いを断り、女ともだちを優先した後ろめたさがある所為で、褒められても嫌味としか捉えられない。
 そんな己に気付いて返答に詰まり、気まずそうに視線を彷徨わせた。
 やがて、心を落ち着かせようと、浅い息を吐く。

「…わ、悪かったと思ってる。でさ、明日なんだけど…」
「云っておくけれど、僕は明日から旅行だよ。研究の為に、大学のゼミ仲間と沖縄まで行くことになってる」
 耳に届いた声が、ひどく冷淡なものだった為、思わず目を見開く。
 事前報告をかかさない筈の、この相手らしくない行動に、驚くばかりだ。
 徐々に、不満が強く込み上げてくる。

「何だよ、そんなの…聞いてないぜ。いつ帰って来るんだよ」
「大晦日までには帰ると思う。別に云う必要も無いと思ったし…皓良には女ともだちが居るから、僕が居なくても淋しくは無いだろう」
 まるで突き放すような物言いを浴びたが、腹は立たない。
 相手の心情を察して、憤りよりも笑いが込み上げてしまう。

「ひょっとして栄治…おまえ、嫉妬してんの?」
「女ともだちって云うのが、腹立つ。男ともだちなら、まだ良いんだ。皓良に惚れる男なんて、ほかに居ないだろうしな」
「それ、けなしてんのかよ…って、おい」
 断りもせず、栄治は勝手に電話を切ってしまう。
 切断音が虚しく響き、皓良の気分を重くさせる。

「ああ、くそ…、取り付く島もねぇな」
 携帯電話を耳から離し、画面を見据えたまま溜め息まじりに呟いた。

(もっと、ちゃんと謝れば良かったかも…)
 己の態度の悪さを省みて、盛大な溜め息を零す。
 ベッド上へ携帯電話を無造作に放り投げ、頭を掻く。

「…一人、かよ」
 思わず零した呟きに、虚しさがつのる。
 孤独感を抱くのが嫌でたまらず、皓良は勢い良く立ち上がると
 すぐさまベッド上へ乗り出し、携帯電話を手にした。
 アドレス帳を開き、暇を持て余している筈の男友達に電話を掛ける。

「なあ、明日空いてるか」
「は? 無理。オレ、彼女できたし」
「え、まじかよ…おまえ、いつのまに…」
「恋人の居ないクリスマスなんて意味ねぇからさ、一昨日、ナンパしてゲットした。…つうか、アキラ、恋人居るんじゃなかったっけ? 彼女と過ごさねぇの?」
 相手の問いを耳にすると、自然と栄治の姿が脳裏に浮かぶ。


 ―――――僕が居なくても淋しくは無いだろう。
 栄治の科白が頭のなかを駆け巡り、皓良は苛立たしげに舌打ちを零した。

「う、うるせぇな…クリスマスは、誰もが恋人と過ごすと思ったら大間違いだ、ばかやろう」
 負け惜しみを口にし、勝手に通話を終わらせる。
 そんな己の態度に嫌気がさし、何度か舌打ちを零した後
 苛立ちを紛らわせようと、男友達に片っ端から電話を掛けて誘ってみる。
 が、すべて断られてしまう。

 栄治の言葉が胸のうちにある限り、女友達を誘うことは出来ず
 皓良はふてくされて眠りに就いた。


続く。


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