――――楽園を、見つけ出すんだ。ぼくは絶対に、辿り着いてみせるよ。
遠くを見つめながら、まるで口癖のようにそう呟いていた親友の姿が、瞼の裏に浮かぶ。
彼の一挙一動は、いつだって、この心を惹き付けて離さなかった。
一度深く息を吸い込んだ後、梓はうっすらと目を開ける。
真っ先に視界に入ったのは、何処か儚げで綺麗な顔立ちをした親友の、遺影。
親友のハルユキは昨日、夜が明ける前に、十八と云う若さで事故死した。
『 楽園 』
駅のプラットフォーム端の喫煙所で、梓は柵に凭れ掛かり、小さく溜め息を零す。
冬も終わりに近付いていたが、空気は肌寒く、吐く息は未だに白い。
寒さを人一倍嫌う梓は今日に限って、気温の低さを心地好く感じていた。
外套もわざと家に置いて来たのだから、思う存分、寒気を満喫出来る。
冷えた空気を実感する事で、肌寒さを好んでいたハルユキの姿が、鮮明に思い出せるのだ。
今は少しでも、彼との想い出を辿りたかった。
一度腕時計に目を通し、そろそろ火葬が始まる時間だろうかと、ぼんやり考えだす。
出棺の様子を見届ける事もせず、葬儀を途中で抜け出して来たのだから、後の事は分からない。
知る必要も、無い。
あすこにいたのはハルユキの抜け殻で、彼自身はもう、何処にもいないのだから。
梓は唇を薄く開き、浅い息を吐いた。
思えば自分は、ハルユキのことを詳しく知らない。
何処の高校に通っていたのかも、趣味は何なのかも、ハルユキと云う字を、どう書くのかも知らなかった。
ただ、自分と同じ質の人間で、自分と同じように身体を売っていた事は、知っている。
その理由はお互いに異なっていたし、男の好みも最期まで合う事はなかった。
「……ハルユキは、辿り着けたのかな」
ぽつりと呟いて、空を仰ぐ。
死んだら何処へゆくのか、梓には分からない。
だけどハルユキが向かう先は、彼が心底求めていた楽園であって欲しいと、切に願う。
――――おれも、早く、探し出さなければいけない。
お互いに楽園を探し出して、必ずそこに辿り着こうと、ハルユキと二人で約束を交わしたのだから。
梓は一度瞼を閉じた後、肩越しに振り返り、電車を待つ人々を退屈そうに眺めだす。
大勢の人間がみな一様に列を作り、同じものを待ち構えている。
そんな極普通の、当たり前な光景を見ていると、いつも少しだけ気分が悪くなる。
帰宅ラッシュが過ぎるのを待とうと考えて人々から顔を背け、背広の内側の隠しへと右手を忍ばせた。
美しい唐草模様が描かれている、銀色の煙草ケースを取り出して開き、煙草を一本だけ口に咥える。
ふと、ジッポライターが無いことに気付く。
背広の隠しをあさり、スラックスの方も調べてみたが、見つからない。
昨夜、客と泊まったホテルにでも置いて来てしまったのかと考え
軽く溜め息を零した矢先、目の前に安物のライターが差し出された。
「良かったら、これ…」
遠慮がちな声が耳に入り、視線を移すと、ぎこちない笑みを浮かべている男が映った。
見てくれは悪く無いが美形とは程遠く、何処にでもいそうな男だ。
歳も、三十を過ぎているだろうと梓は分析する。
「い、要らない、かな?」
視線が、梓の持つ煙草ケースに向けられた。
高級そうなそれを所持している青年に、安物のライターは不釣合いだったかも知れないと、男は今更ながら思う。
(……やっぱり、やめておけば良かったのかも知れない。)
じっと此方を見上げたまま、何も答えようとしない梓を前にして、男は気落ちし始めた。
梓は、多少線が細いが背丈はそれなりに有り、バランスの取れた体躯で、顔かたちも整っている。
綺麗な子だなと思い、暫くの間は離れた位置から眺めていたが
愁いを帯びた表情を見ていたら、どうしても、話し掛けてみたくなった。
着ている服が、重苦しい黒のスーツだった所為で、より一層興味を掻き立てられたのだが………
やはり、遠目から少しの間、見ているだけにすれば良かったなと、男は思う。
諦めたように男がライターを引き掛けた瞬間、梓はその手をそっと掴んだ。
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