―――おとうさんの弟さんが、かぞくの一員になりました。
 ユウイチさんはいっぱいあそんでくれるしやさしいです。ぼくはユウイチさんが、だいすきです。

「ふざけんなっ」
 拙い文字が並ぶ、作文用紙。
 ぐしゃりと力任せに握り潰して、冬希(ふゆき)は思わず叫んだ。


   『 かけひき 』


 二度目の荷物整理をしに、冬希は実家に戻っていた。
 九月下旬までの長期休暇が明けると、大学のゼミの関係で研究室に毎日、通い詰めとなる。
 都心から大分離れた実家では、数分寝過ごしただけで、二時間以上も遅れる羽目になってしまう。朝に弱く、寝汚い冬希は、遅刻しない自信も無い。
 そんな冬希を見兼ねた親が、大学に近いアパートを手配してくれた。
 引越しは無事に済ませたものの荷物の大半が、未だ実家に残ったままだ。
 居心地のいい家から離れたくない気持ちも、まだ残っている。
 少しずつ荷物を運びだす方法を選んだのは、離れ難い気持ちも荷物と一緒に、徐々に無くしてゆこうとの考えだった。

 が、夏休み中も課題の資料を求めて大学へ通っていた所為で、整理は進まず、気づけば九月になっていた。
 その所為で、午前中から休む間もなく、急いで整理を行なっている。
 とは云っても、目に付いたものを片っ端からゴミ袋へ放り込んでゆく、大雑把なやり方だ。

 使い古した勉強机の引出しの中は、がらくたの山だった。
 小学生の頃に集めたカードやシール、色とりどりの消しゴム、底のほうには硝子の欠片や小石まで有る。
 どうしてこんなにも無意味なものを集めていたのかは、思い出せない。理解すら出来なかった。今の自分にはどれも、必要の無いものだ。

 だいぶ片付いた頃にタイミングよく、階下から休憩を促す母親の声が響いた。
 手を止めた冬希の目に、一枚の作文用紙が映る。
 引出しの一番奥で、眠るようにひっそりと置かれた用紙を、何気なく手にして広げてみた。
 拙く読み難い文字で<尊敬する人>と、題されてある。

 少しだけ流し読みするつもりだったので、ハーフリムの眼鏡は外し、机上に置く。
 用紙に書かれた文章を読み進めてゆく内に、冬希の頬は淡く色づいていった。
 ついには声を荒げて、用紙を力任せに握って丸め、潰してしまう。
 破らなかったのは、後片付けが面倒だと、咄嗟に思い直したからだ。
 それをゴミ袋へ投げ入れ、荒い足取りで自室を出て、階下へ向かう。
「どうだ、片付けは。順調か?」
 居間に足を運ぶと、窓際の籐椅子に腰掛けた父親が、書物から顔を上げた。
 テーブル上へ置かれたコップに手を伸ばし、冬希は中の麦茶を一気飲みしてから、頷いて見せる。

「今夜には終わるよ、ガラクタばっかだし」
「終わったら大学が始まるまで、うちでゆっくり出来るんだろう」
「いや…現地研究のレポートも纏めなきゃいけないし、長くて一週間ぐらいかな。あ、帰りは駅まで車出してくんない?」
「すまんが、平日は無理だ。祐一に頼んでみたらどうだ」
 叔父の名を出されると、冬希はあからさまに眉を顰めた。
「じゃあいいや、友人に頼むから」
 空になったコップを流しへ運んで、早々とその場を去る。
 自室ではなく、玄関へと真っ直ぐ向かう冬希の背に、今度は母親の声が掛かった。
「出かけるの?」
「散歩。それと、一服」
 隠しの膨らみを手で軽く叩き、素っ気無く返すが、その声音は柔らかなものだ。
「そう…あまり吸いすぎちゃ駄目よ」
「分かってる」
 短く答えて靴を履いていると、足音が近づいてくる。
 振り返れば、もの言いたげな母親の顔が視界に入った。


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