「ずっと可愛いなって思ってたんです」
「か、可愛い…?」
「はい。キスして、舐めたり、入れたりしたいぐらい意識してます。―――センパイのこと」
青天の霹靂。
放課後、見知らぬ後輩から呼び止められ、そんな告白を受けて
翔の顔はさっと青褪めた。
「センパイ…」
自分よりも背の低い男が、距離を縮めようとする。
背筋に悪寒が走り、翔は後退りした。
「ごめん! お、おれ、ノンケだからっ」
そう言い残し、全速力でその場から逃げ去った。
『 宝物 』
教室に戻り、事の次第を友人の
赤坂に話すと、彼は机を叩いて大笑いした。
「チビの年下に可愛いって…はははっ」
翔を指差して、涙目になってまで笑い続けている。
そこまで笑い飛ばされると、逆に気分がいいぐらいだ。強い衝撃と嫌悪感が次第に静まるのを感じ、翔は息を吐く。
「でも翔、運が悪かったな。初めて告白して来た男が、そんな欲望剥き出しじゃあ、トラウマじゃね?」
「トラウマもなにも、おれ…男相手にそんな気持ちになったこと無いし」
「へ? あれどうしたんだよ、愛しのオジサマは。好きなんだろ?」
生粋のゲイである赤坂は、嫌な顔一つせずに切り出す。
いつもなら叔父の話題になると嬉々とする翔が、難しい顔をした。
「好きって…好きだけど。でもおれ、
総司さんにキスしたいとか、舐めたいとか、ましてや入れたいとか…思ったこと無い」
後輩の告白を思い出し、翔はげんなりとする。
そんな翔の肩を勢いよく叩いて、赤坂は笑った。
「ま、翔はそうだろうな。あー…でもうちの学校、男子校ってのも有るだろうけど、結構ゲイ率高いから。これを機に告白ラッシュ始まるかも知れないぜ? 一度有ることは二度、三度、有ったりするし」
「もうぜんぶ、赤坂のほうに行けばいいのに…」
「来てもお断りだなぁ。この学校にはオレ好みのやついねーから」
「年上が好きなんだっけ?」
「そう。そんで、ガタイが良くて、ヒゲ生やしてる感じのがいいな。多少無理しても、壊れないぐらいのが理想的」
「無理?」
「翔には分かんねーだろうなぁ」
携帯型のゲーム機を操作し始めた赤坂は、慣れた手つきで素早くキーを叩いている。
赤坂の云う通り、自分はゲイでもないのだから分かる筈がないと、翔はあっさり納得した。
身を乗りだし、ゲーム機の画面を覗き込んでいると、赤坂が思い出したように言葉を継いだ。
「ああ、そういや…翔のオジサマ。狙ってみっかなー」
「駄目っ!」
椅子から立ち上がり、声を張り上げる。
赤坂は特に驚いた様子も無く、ゲームを続けているものだから、翔はすぐに我に返った。
突如として湧き上がった正体不明の感情が、空気の抜けた風船のようにしぼんでゆく。それに連動するように、翔は力無く椅子に座り直した。
「赤坂…総司さんは、絶対駄目だから」
「そこまで言ってて気付かないのも珍しいよなぁ。だいじょーぶ、ホントに狙ったりしないって。多分、オレとジェンダーが同じだと思うからさ」
「ジェ?」
「ははっ、翔にはまだ早い話題だったか。そろそろ帰ろうぜ、ゲーセンでも寄ってくか?」
「学校帰りに娯楽施設への寄り道は、よくないって、昨日先生が言ってたけど」
咎めるように答えたが、赤坂は気にする素振りも見せない。
ゲーム機を学生鞄の中に放り込み、立ち上がってほんの少し進んでから、振り向いた。
「んじゃ、お先。可愛いセンパイ?」
「赤坂っ」
茶化されてむっとし、急いで立ち上がった翔を置いて、赤坂は走り去る。
机の中の教材を乱暴に鞄へ突っ込み、忘れ物は無いか確認したのちに、赤坂を追いかけた。
走って昇降口まで向かったものの、既に赤坂の姿は何処にも無かった。
足の速い彼は、走ってゲーセンまで行ってしまったのだろう。
「くっそー、叩いてやりたかったのに」
悔しげにひとりごちて、地団太を踏む。
自分もゲーセンへ行って、赤坂を探し出してやろうかと考えるが、翔はすぐにそれを掻き消した。
総司の家に寄るつもりだったからだ。
ここ最近は、あまり遊びに行かないようにしていた。
それというのも、総司が締め切りに追われていた為だ。
昨日が締め切りだと云っていたから、今日こそは構ってもらえるだろうと翔は期待している。
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