『 Forget me not 』

「実は、お前は私の息子では無いんだ…」
「そ、そんな…」

 世間で言う、ありきたりな展開とやらを目にして、僕は画面に夢中になってしまう。
 友人の高原雪之丞が今、夢中になっているドラマらしい。
 何でも高校生の息子役の子が美形で可愛くて、OLや主婦にも大人気だとか。
 雪之丞が言うには、この息子役の子が僕に似ているとか。
 でも僕、こんなに綺麗でも無いし、可愛くも無いんだけど。
 ソファの上に座ってクッションを抱え、次の展開をドキドキしながら見つめていると
 プツン…ッ
 と、やけにあっさりと画面は真っ暗になってしまった。

「え…な、なに?」
 振り向くと、寝起きなのかまだ少し眠そうに、テレビのリモコンを手にしている男が立っていた。
 その表情は美形と言うに相応しく、そして何処か不機嫌そうだ。
「どうして消すのさ?」
 ムッとして男を睨みつけると男は目を眇め、冷ややかな眼差しで睨み返して来た。
 逆らえない雰囲気と威厳を持っている彼に睨まれれば、誰だって蛇に睨まれた蛙状態になるってものだ。
「あんな下らないものを観ているからだ」
「く、下らないって…」
「お前はああ云う話が好きなのか?」
 昔から、実は血が繋がっていませんでした系の話を僕が見ていると、彼は決まってそれを止めさせる。
 実は自分達も血が繋がって無いから、それを僕に悟らせ無いようにと、
 そう言う話を見せないようにしているのかな…とか思っちゃったり。
 でも、ちゃんと彼とは血が繋がっている筈だし…。

「べ、別に好きって訳じゃ…」
「なら、観るな。」
 きっぱりと言われてしまい、僕は小さく「はい…」と言うしか無い。
 実を言うと、彼…藤堂彰人は僕の恋人であり、父親でも有る。
 男同士ってだけでも不毛なのに、親子で恋愛だなんてもっと不毛だ。
 けど、もうどうしようも無いぐらいに彰人が好きだから、今更別れるなんて出来無い。
 それに彰人と別れる事になったら…僕、生きていけないかも。
 クッションをギュッと抱き締め、彰人を盗み見るようにして見つめる。
 整った顔立ちで背が高くて、威厳が有って…道行く人が思わず振り返る程の
 魅力的なフェロモンを出しまくりで、更にカリスマ性も合わせ持つ人。それが彼だ。
 しかも、はだけたワイシャツから覗く鎖骨が目茶苦茶セクシー…って、昼間から欲情させないで欲しい。
 いや、勝手に欲情する僕が悪いんだけど…って、あれ?

「彰人…仕事は?」
 実はこの人、有名大企業の社長サマで、こんな昼間までノンビリと家に居るなんて事は、滅多に無い。
 驚いている僕の隣へと、彰人は何も言わずに座り込む。
 うぅ…この人、寝起きはいつも不機嫌なんだよなぁ。
「夜からだ。…今日からは本格的に忙しくなりそうだからな…暫くは帰れそうにない」
「そ、そっか…」
 彰人の言葉に、僕は小さな溜め息を心中で漏らした。
 毎年この日が近付くと、決まって憂鬱になる。

 12月25日。
 世間ではクリスマスと言われるが、僕の誕生日でもある。
 でも25日には、毎年恒例の大きな社交パーティが有るらしく、彰人とは一緒に過ごせない。
 しかもかなり偉い人とか大勢集まるらしく、毎年この時期は多忙らしい。
 だから僕は、自分の誕生日が嫌いだ。
 せめて違う日に生まれていれば、彰人と一緒に居られたのに…。
 それにクリスマスは、恋人同士のビッグなイベントとも言うヤツなのに。
 僕は誕生日も、クリスマスですら、彰人と一緒に居られる事は無い。
「葵…プレゼントは何が欲しい?」
 物なんて要らない。
 彰人に傍に居て欲しいだけ。
 そう考えるけれど、口には決してしない。
 彼の仕事の邪魔はしたくないし、「傍に居て…」なんて、そんな我儘は言えない。
 彰人を困らせたく無いから。
 だから今まで僕は、誕生日に傍に居て欲しい、とか我儘を言った事は無い。

「んー…、何も無いかなぁ」
 僕は特に欲しい物なんて無いし、一番欲しい物はいつだって、彰人と二人で過ごせる時間だもの。
 でもそんなもの、多忙な本人に頼める訳が無い。
「物欲が無いな…もっと我儘になりなさい」
 顎をそっと掴み上げられ、顔を近付けられる。
 ハンサムなその顔が近付けられただけで、僕の心臓は早鐘みたいになってしまう。
「じゃあ…我儘言っていい?」
 ぽつりと呟くと、珍しいな、と言いたそうに彼の瞳が眇められる。
 そんな表情もドキリとする程にカッコイイから、美形は質が悪い。

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