『 自慢の恋人 』

「いいですか、社長。今後、このような真似は決してなさらないでください」
 どうにか彰人の居場所を突き止めた坂井は部屋に入って来るなり、昨夜どれ程大変だったのかを語った。
 彰人はその端整で精悍な顔立ちには何の色も浮かべず、ただ静かに男の言葉を聞いているだけだ。
 だが視線は坂井の方を見て居らず、ただ一人の青年にだけ向けられている。
「社長、聞いているんですか、」
 文句を云い終えてやっと気分が治まったのか、彰人が自分の方を見ていない事にようやく気付く。
 気を悪くしたように眉を顰め、もう一度口を開き掛けた途端、彰人の視線が坂井へと向けられた。
「もう少し静かに喋れ。葵が起きるだろう…」
 低く静かな声でそう囁くものの、彼の声は威圧感が有る。
 坂井は発言する気を直ぐに無くしてしまい、代わりに小さな溜め息を漏らした。
 そして布団の上で眠っている青年へと、視線を向ける。
 あどけない表情で幸せそうに眠っている葵を目にして、坂井は再度小さな溜め息を吐く。

「お気持ちは分かりますが、本当に大変だったんですよ。貴方が出席しなかっただけで、大騒動でした。」
 思い出すのも嫌だ、と云わんばかりに坂井は語り、もう一度溜め息を漏らす。
 大騒動と云えど、この男なら上手く立ち回ってくれたのだろうと、彰人は考える。
 坂井と云う男は、自分が心から信用の置ける人物だ。

「…すまなかった、」
 頭を下げて急に謝罪をした彰人の姿に、坂井は眉を顰める。
「止めて下さい。社長が頭なんて下げたら、威厳が無くなるじゃないですか」
 もう良いですよ、と呟いて、坂井は眠っている葵へと視線を向けた。

 彼が残した書き置きを目にした時の彰人は、今まで見た事が無い程、焦っていた事を思い出す。
 パーティの準備で追われていると云うのにも関わらず、葵を捜索する事だけに力を入れたのだ。
 常に冷静さを保っていた男の、焦りと苛立ちだけの表情を、あの時初めて見た。
 そしてそれ程までに、葵を好いているのだと理解出来る。

「プレゼントは、ご購入なさらなかったのですか?」
 葵の長い睫が少し揺れたのを見逃さず、綺麗で可愛らしいその寝顔を眺めながら尋ねる。
 絹のような細いあの髪に、何度も触れたいと願っていた。
 柔らかそうな肌も、色白で華奢な身体付きも、何もかもが魅力的だ。

「時間はまだたっぷり有るからな。二人で見に行こうと考えている」

 つまりは、デートなのだろう。
 それを聞いた時の青年が、どれ程嬉しそうな顔をするのか…
 坂井には安易に想像出来た。

 暫くの間葵の寝顔を眺めて居たが、彰人の視線があまりにも痛い。
 半ば渋々と云った様子で彰人の方へ視線を戻し、坂井はうっすらと口を開く。

「葵君のご友人の高原様から聞いたのですが…彰宏君の事を告げたのは、彼だそうです」
 唐突な話の切り替えに、彰人は何も云わない。
 それが、続きを話せと云う態度なのだと理解している坂井は、ゆっくりと頷いて見せた。
「どうも葵君を煽った節が有るようです。行方不明になった事を知らせたら、洗いざらい吐いてくれました」
 当然だろう、と彰人は考える。
 あの子供は、葵の事が好きなのだ。
 大方、自分の所為で葵が行方不明になったのだと勘違いしたのだろう。
 しかし、真実を隠さずに告げた素直さは、褒められるものだ。

「見つかった事は報告したのか、」
 それぐらいは常識だと言わんばかりの口調に、坂井はゆっくりと頷く。
 彰人がパーティを欠席した時点でそれ所では無いと云うのに、きちんと報告までしたと云う。
 坂井の毎度の迅速な行動に、彰人は満足そうに口元をうっすらと緩めた。

「社長…葵君は、何も云わなかったのですか?」
 雪之丞の事を告げ口しなかったのか、と云いたいのだろう。
 しかし葵は、煽られた事は一言も云わなかった。

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