自慢の恋人…02

「葵は人を責めるよりも、先ず自分を責めるような子だ。
煽った雪之丞が悪い、では無く…勝手に勘違いした自分が悪い、と考えているんだろうな」

 そう言いながら眠っている葵を眺める彰人の眼差しは、この上無く穏やかで優しいものだ。
 葵の事を本当に一番良く分かっているのは、彼なのだと
 痛い程実感させられた坂井は、心中で大きな溜め息を吐いた。

 人の恋人に手を出す趣向は持ち合わせて居ない上に、
 ライバルは自分の上司だと云う最悪なパターンで……
 しかも二人は、あまりにも深くお互いを好いている。

 手に入れられなくても良い。
 見守っているだけで良いと坂井は思っていたが、
 こうも想いの深さを見せ付けられると、少々痛いものが有る。

「もうお昼時ですが…葵君は良く眠っていますね。」

 安堵感から、ぐっすり眠っているのだろう。
 やはり葵が心安らぐ相手は、彰人しか居ないのだと考える坂井に向けて、
 彰人はその形の良い男らしい唇を緩めた。
 口の片隅だけを上げるような笑みだが、この男がやるとそれだけで、ひどく魅力的だ。

「疲れて居るんだろう、寝かせて置いてくれ」
 云い方は頼むようなものだが、声音は頷き以外を許さないような厳しいものだ。
 普段から威圧感が有って恐ろしいが、葵が絡むと、彰人は更に恐ろしい存在になる。
 その事に自分で気付いているのだろうかと考えながら、坂井は葵の方へと再度視線を向けた。
 まさかこの子に家出をする勇気が有ったとは思えなかったが、
 それ程までに彰人の事を好いているのだと、痛感せずには居られなかった。

 あの子に何を云ったのか、彰宏に問うている時も
 場の雰囲気は居心地の良いものでは無かった。
 威圧感の有るあの眼差しで睨まれて、流石の彰宏も真っ青な顔をしていた。
 殴りかかる、と云う真似を彰人は全くしない人だが、あの時は流石にするのでは無いかと思った程だ。
 それだけ、彰人にとって葵の存在は強いのだと理解出来る。

「まあ、昨日の今日ですからね」
 そう云いながら、坂井は来る途中で購入したプレゼントを思い出す。
 いつ渡そうかと一瞬考えるが、どうせならデートが終わってから渡そうと決める。
 小さな箱の中身はシンプルな、けれど葵に良く似合いそうな腕時計が入っている。
 淡い薄碧色の時計は、葵に良く似合う事だろう。
 文字盤には高級ブランドの名が表示されているが、比較的安い物を購入したつもりだ。
 中では百万以上する物も有るが……
 高値の物を渡されても、葵は気が引けてしまうだろう。
 そこまで考慮した上で坂井は、敢えて安い物を購入したのだ。
 だが葵にとって、五十万もする時計が
 決して安いと云えるものでは無いと云う事は、実は全く考えて居なかった。

「明け方近くまで可愛がってやっていたからな…」
 腕時計の事を考えていた坂井の耳に、彰人の言葉が入って来る。
 しかし上手く頭に回らず、間があく。
 何を云われたのか思い出そうとした矢先に、布団の中で眠っていた葵が寝返りを打ち――――

「なっ、な…」
 坂井の目に映ったのは、布団の中から少しだけはみ出した、葵の足だった。
 浴衣を着ている気配も無く、その白く綺麗な足には鬱血の痕が点々と刻まれている。
 それが何を意味するのか分からない程、坂井は鈍い男では無い。
「しゃ、社長…つまり、葵君がこの時間まで寝ているのは…あれですか。その…」

 疲れている、とはそう云う意味だろう。
 言葉に詰まる坂井へゆっくりと視線を向け、彰人はその口元にうっすらと笑みを浮かべた。
 それは魅力的…だが、相手を小馬鹿にするような、挑発的な笑みで……
「お望みなら、もう一度見せ付けてやろうか?」
 喉奥で笑う彰人を見て、以前社長室で目撃してしまった光景が坂井の脳裏に浮かぶ。

 額に汗を浮かばせ、目元を赤らめた葵の、欲を煽るような表情。
 泣きそうな、けれど心底気持ち好さそうな声を上げて達した葵は、ひどく官能的だった。
 あの日から数日間、夢に何度も葵が現れて、それはとても大変だったのだ。

1 / 3