自慢の恋人…03
慌てて遠慮の言葉を口にしながら素早く立ち上がり、坂井は部屋を出て行こうとする。
彰人はそんな坂井を止める事も、視線を向ける事もせずに、葵だけを眺めていた。
障子に手を掛けた坂井は、何かを思い出したかのように一度振り返り、口を開く。
「一度本社に戻りますので外出の際はご連絡を下さい。お迎えに上がります。
葵君との買い物ですが…護衛を付けさせます」
彰人が街を護衛無しで歩く事など有り得無い為に
葵とのデートですら、二人っきりと云うのは無理な話になる。
まるで自分は悪役のようだと考え、坂井は僅かばかり苦笑するが、
葵は護衛付きだろうと、彰人と一緒に買い物が出来れば喜ぶ子だろう。
嬉しそうな葵を想像すると自然と苦笑は消え、坂井は軽く息を吐く。
「それと、外に見張りが居ますので……今度は撒く事は出来ませんから、」
少し棘の有る口調で語る坂井は、撒いた事に余程腹を立てているようで……
彰人は可笑しそうに、喉奥で低く笑った。
笑われた事にいささか気を悪くした坂井だったが、何も云わず、静かに一礼をして部屋を出る。
出来るだけ物音を立てず、丁寧にゆっくりと、障子を閉める。
廊下を暫く歩いていた坂井は不意に足を止め、雪の積もった中庭へ眼を向けた。
庭を囲むようにして旅館が建てられている為に何処の廊下からでも
手入れがちゃんとゆき届いている庭を、眺める事が出来る。
木製の低い格子柵に片手をつき、丁度真下に見える池や、庭をじっくりと暫く眺めた。
草木には綺麗に雪が被さり、まるで白い花を咲かせているようにも見える。
離れと云われるだけにあって、物静かで、微かに水の音が響き渡っている。
葵の好きそうな場所だと考えながら、坂井は口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「成る程、良い場所だ。……後で黒鐡にも教えてやるか、」
彼の恋人が喜ぶかも知れない、と考えながら坂井は再び進み出し、その場を立ち去った。
物静かな室内に、葵のうなされているような声が響いた。
それを耳にすると彰人は直ぐに彼の方へと近付き、柔らかな髪を梳くように撫でる。
幼い頃、義父に幾度かぶたれていた所為で、葵は良く悪夢を見てはうなされるのだ。
閉じられた瞼の奥から涙が零れ出したのを目にして、彰人は声を掛けずに葵の身体を抱き起こす。
華奢な体はすっぽりと自分の腕の中に収まり、それがとても愛しく思えた。
「葵、起きろ。…早く起きないと、お前の好きなイヤラシイ事をしてしまうよ、」
からかうように喉の奥で笑いながら、そんな言葉を口にする。
悪夢を見ている最中の葵は、声を掛けられると直ぐに起きるらしく、ゆっくりと瞼を開けた。
しかしまだ意識は完璧には覚めていないみたいで、放心したように此方を見ている。
自分の愛しい恋人がそんな顔をすると堪らないものが有り、彰人はクスリと甘く笑った。
「時間切れだ…」
低い声音で囁いて、相手の柔らかい唇を奪う。
最初は触れるだけの軽いキスをしてから、葵の唇をキツク吸い、軽く咬む。
「んっ、んぅ…?」
涙に濡れた瞳が驚いたように丸く見開かれ、こちらを見上げている様は…
彰人の欲望に火を点けるには十分だった。
しかし余裕は十分に有り、彰人は焦らすようにゆっくりと
葵の口腔へ舌を侵入させ、堪能するかのように動かす。
上顎を舐め、舌を巧く絡め取ると、驚いていた葵は徐々に表情を、陶酔するようなものに変えてゆく。
「は…ぁ、ん…っん」
細い腕を首に絡めて自らも舌を動かして来る葵の姿に、彰人の目が満足そうに細められる。
端整で精悍な顔付きに、切れ長の眼を細める仕種はあまりにも魅力的で………
彰人の表情を目にした葵の身体は、ゾクゾクと興奮の寒気が駆け抜けてゆく。
抑制の無い身体はいつだって直ぐに興奮して、熱を上げる。
速まる鼓動も下腹部の疼きも自分では抑えようが無く
いつも葵は、彰人に縋り付くことになってしまう。
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