『 the mating season 』

「う、うそ…ッ」
 ベッドの中で眠りから覚めた僕は、絶句した。
 サイドテーブルの上に有るデジタル時計は、本来起きるべき時刻をとうに過ぎている事を告げている。
 慌ててベッドから抜け出して、全裸のままでクローゼットを開けた僕の耳に、ドアの開く音が入って来た。
「やっとお目覚めか…、」
 軽い溜め息に続いて、呆れたような低い声が聞こえた。
 暫く耳の奥に残るぐらい魅力的で、そして何処か威厳の有る声。
 振り返ると、ドアに寄りかかりながら、こちらを見ている男が視界に入る。

 シャワーを浴びてきたのか、その髪はうっすらと濡れていて……思わず見惚れてしまう程に、セクシーだ。
 黒い切れ長の瞳と、美形と呼ぶに相応しい程に端整で、隙のない精悍な顔立ちに、堂々とした長身。
 歳を感じさせない若さが有る上、魅力的なフェロモンを出しまくっていて……
 男の色気みたいなのを漂わせている彼を初めて見る人は、モデルかと勘違いしてしまう程にカッコイイ。
 けれど実際はモデルとかじゃなくて、今では知らない人は珍しいと言われる程、有名な大企業の社長サマだ。
 そして、僕の恋人であり、実の父親でもある人。
 男同士で、しかも親子同士で恋人になっちゃうなんて、どうかしてるのかも知れない。
 だから堂々と人に言えないし、だからいつだってこの人は、フリーだと思われてしまう。
 この人…藤堂彰人は、本当に女性からモテモテで……僕は正直、困る。
 すごく素敵な人が、もしも彰人の前に現れたら――――
 素敵なものを全くと云って良い程、持って居ない僕は
 直ぐに捨てられちゃうんじゃないかって、そんな不安をいつも抱えている。

「ひ、ひどいよ彰人…どうして起こしてくれなかったの?完璧に遅刻だよ」
 クローゼットの中から学生服を急いで取り出し、着替えながら相手を責めるように睨んだ。
 けれど彰人の視線は下から上へと、まるで僕の身体を舐め回すように移動するものだから、堪らない。
 目を細める仕種さえ、この人がやると思わず見惚れちゃうぐらいに魅力的で…
 口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるものだから、ドキドキする。
 自分の身体が愛しい人に見られていると思うと、単純な身体は熱を上げ始める。
 動悸が激しくなるのが何だか恥ずかしくて、下腹部のあたりがムラムラするしで……この時期の僕って、本当に質が悪い。
 この時期になると、僕は毎年、ある症状に悩まされる。
 僕は幼い頃、知らないオジサンからお菓子を貰った事があって…
 その中には媚薬と呼ばれるクスリが混入されていたようで、しかもそれはとても強いものだった。
 一日中効きまくりで、身体に触れられただけでも感じちゃったりとか、
 それから一週間ぐらいずっと、身体は疼いたり、発熱したり興奮したりで……
 しかもそれは時が経った今でも、後遺症と云う形で僕に纏わり付いている。
 早い話が、幼い頃にそのお菓子を食べてしまった時期に近付くと、僕の身体は発情してしまう。
 それが、後遺症。
 流石に病院なんて行けないし、彰人も僕の後遺症には触れて来ない。
 ただ、僕が発情している時は、いつもみたいにたくさん焦らしたりしないで、直ぐに快感をくれるけど。
 だから多分、この症状には気付いていると思う。
 ……と云うか、あの鋭い彰人が気付かない筈が無い。

「あ、彰人の所為だからね…」
 寝坊したのは、昨日たっぷりとしつこく可愛がってくれた彰人の所為だ。
 急いで制服を着ながら責めるように云うと、相手は挑発的な笑みを口元に浮かべて……。
「学校が有るだろうから一回で終わらせてやろうとしたのに……
もっとして欲しいと泣きながらねだって来たのは……誰かな?」
 そ、それは発情期になり掛けてるから…って思わず言ってしまいそうな口を
 片手で塞いで、僕は結局反論なんて出来なくなっちゃう訳で。
 頭の中では昨夜の甘くていやらしくて激しい行為が、ひたすらぐるぐると回り続けていて、
 それだけでムラムラしちゃう僕は、やっぱり淫乱なのかな。
 いや、これは絶対、発情期の所為だ。

「そ、それは僕だけど…でも、ちゃんと起こしてくれたっていいじゃん」
「甘えるな、」
 唇を少し尖らせながら文句を放つと、冷たい言葉が飛んでくる。
 うぅ…彰人、ひどい。
 彰人の冷たい態度に、いつもと違って不機嫌にはならず、少ししょげながら仕度を続けた。
 いつもより更に弱気になったり、傷付き易くなるのも、全部発情期の所為だ。
 彰人に何も云い返せないまま、ベッドの上に無造作に置かれている腕時計を取ろうと、足を進める。
 昨日、行為の前に彰人が外してくれた時計だ。

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