ただいま…02
「会いたかったよ、弘人…」
淋しげな声で囁かれると、悪い気はしない。
コイツに惚れる奴らのように、熱を上げたりはしていないけれど……この男が好きだと云う気持ちは在る。
俺をホモにした責任は、死ぬまで取らせるつもりだ。
「分かったから離せよ。…カレー、食うんじゃなかったっけ?」
相手の身体を軽く押し戻しながら迷惑そうな態度を取るけれど、親父の眼差しは相変わらずギラギラしている。
いつもは弱そうな癖に、こう云う時だけは譲らないのがこの親父の悪い所だ。
いや、コイツは悪い所だらけの駄目親父だ。
「うん。でもその前に、パパは弘人を食べたいな…」
分かりきっていた次の言葉に、俺は溜め息を吐いた。
まるで指示代名詞で云われても分かっちゃうような、夫婦みたいで嫌だ。
いや…長年コイツと同じ屋根の下で住んでるんだし、同じような言葉を何度も云われて来たから、理解出来るのは当然だ。
「カレー、冷めるんじゃねぇ?」
「後で温め直せば良いじゃないか…」
エプロンもスーツの上着も脱ぎ捨てて、親父は既にやる気満々みたいだった。
年寄りの癖に…とか思うけど、敢えて口にはしない。
そんな事を云ったら「とっても傷付いたから、責任取ってパパの傷付いたハートを癒して」とか云って……後々、酷い目に遭うのは分かりきっているからだ。
「ったく、特製が泣くっつーの…」
「パパはそれより、弘人を啼かせたいなぁ」
上品な口元から下品な言葉が漏れるけれど、不思議とその整った容姿の所為で、不快には感じられない。
会社じゃ、部下から熱い眼差しで見られてるのも、社内に多数愛人が居るのも俺は知ってる。
だから余計、コイツの思い通りにはなりたくない。
けれど拒むと、いつの間にか変な薬は飲まされるわ、縛られるわで…ろくな事は無い。
だから唯一俺の出来る抵抗と言えば………
アイツが何よりも欲しがっている言葉を、直ぐには云ってやらない事だけだ。
「分かったよ、早く終わらせろよな」
自分で服を脱ごうとしたけれど、それを止められる。
「パパが脱がしてあげるからね…」
腰まで響くような甘く低い声が響いて、それだけで俺はゾクゾクした。
慣れたように俺の釦を外してゆく姿が、何度も同じ事を繰り返して来た事を、表わしている。
男でも、女でも抱くヤツ。
でも何時だって弘人が一番だからね、と云われた時は、呆れて物が言えなかった。
「この一週間、どんだけのヤツとヤッたんだよ?男も居た?」
服を脱がせた俺の肌に、唇を寄せている男の髪を掴んで引っ張り、顔を上げさせる。
和浩は気まずそうな笑みを零すだけで答えず、その事に少し苛立って、今度は強く髪を引っ張ってやった。
「痛いよ弘人。…お仕置きされたいのかな?」
「うるせぇ、云えよ。何人と何回ヤッたんだよ…」
不機嫌そうに言ってやると、男の口元が嬉しそうに歪む。
露になった俺の胸元に綺麗な指が伸びて、突起を摘まれた。
途端に、一瞬だけ肩がビクッと跳ねる。
「もしかして…妬いてくれてるの?」
嬉しそうに尋ねて来るコイツの、気が知れない。
何がそんなに嬉しいんだよってぐらいに、嬉々として瞳を子供みたいに輝かせながら、俺を見つめている。
………馬ッ鹿じゃねーの?
なんて云ってやろうかと思ったけれど、たまにはコイツを喜ばせてやるのも良いかも知れない。
「当たり前だろ。…もう良いから、さっさと終わらせろよ」
ぶっきらぼうに答えるけれど、親父はそんな俺を、かわいい…とでも言いたげな目で見ている。
次の言葉が、簡単に想像出来る俺は、分かりやすい親父に呆れるしかない。
「かわいいよ、弘人…パパすっごく嬉しいから、今日は沢山可愛がってあげるね」
可愛いよ…までは予想出来たけど、沢山可愛がって…までは出来なかった。
げっ、と甘い雰囲気には似合わない言葉を漏らして、俺は和浩を押し退ける。
「馬鹿、一回で良い。つうか一回で終わらせろよな」
「だーめ。パパを喜ばせた罪は重いからね…」
何だそりゃ…。
呆れていると、親父は軽々と俺の身体を抱き上げ、ベッドの上に運ぶ。
ギシっとベッドが軋む音が耳に入って、聞き慣れたその音に少し鼓動が速まった。
期待、している。俺はコイツがくれる快感を、期待しているんだ。
そう考えると、自分の節操の無さに、心の中でそっと溜め息を吐いた。
「はっあ、も…ダメ、だ…っ」
ジュプジュプと卑猥な水音が響く室内で、情けないような声が上がる。
情けない声を出すのはいつも親父だけど、こう云う時はそれが逆になる。
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