理想の犬?…04

「何の用だ、」
 青年とは違い、低く男らしい声が響く。
 今まで聞いた事のないような、綺麗とも呼べる響きの良いその声に、千尋は微笑を浮かべた。
 その笑みは、その気が無い者でも心を奪われるような、魅力的なものだ。
「おじさん、僕の犬になって」
 唐突な発言に、男は青年の笑みに見惚れていた所為か、反応が遅れる。
 そこら辺を歩いているような、普通の男にそんな事を云われていれば、殴り倒していたかも知れない。
 だが目の前の青年はあまりにも美しく、気を抜くと直ぐにでも、心を奪われてしまう。
「あぁ…?」
 眉を寄せ、聞き返すように男が言葉を紡ぐ。
 何処と無くドスの利いているようなその声に、千尋は怯む気配など全く無い。
「おじさんが欲しいんだ。お金はいくらだってあげるし、住む場所だって広い部屋をあげる。不自由はさせないよ……だから、僕の犬になって」
 綺麗で整った唇が、魅力的な声を出す。
 声変わりは終えているのに、千尋の声は高い。
 その微笑みや端整な顔。美しい声や、人を誘うような魅力的な体付き。
 完璧とも云えるような、これ程綺麗な人間を、男は見た事が無い。
 夢でも見ているのかと云う気さえ、して来る程だ。

 だが……
 彼がどれだけ魅力的な笑みを浮かべていたとしても、その瞳は全く笑っていない事に、男は気付く。
 口元だけで笑っているような、そんな笑みだ。

「ガキ。寝言は寝て云え、」
 吐き捨てるような言葉を放ち、長い前髪を掻き上げながら男は立ち上がった。
 小柄で華奢な青年など簡単に覆い隠してしまいそうな、逞しい体躯をしている長身の男は
 相手を一度だけ冷たく見下ろしてから、その場を離れるように足を進める。

 切れ長な瞳に、精悍で怜悧な男らしい顔立ち。
 野性的で雄々しいけれど、何処と無く気高さを感じさせる男の姿に、千尋の目は釘付けになっていた。
 何もかもが、自分の理想通りなのだ。
 人には絶対に懐かない、その姿さえもあまりにも魅力的で……自分がこれ程までに、他人に執着する日が来るとは、千尋は思いも寄らなかった。

 諦めきれない。
 どうしても、欲しくて堪らない。
 去ってゆく広い背中を見つめながら、千尋は下唇を強く、噛み締めた。



 荒い息遣いが聞こえる中で、千尋はぼんやりと祖父の事を想い出していた。
 白髪で、もう年老いていて…その手は、皺だらけだった。
 初めて犯された日は、夕飯の中に催淫剤が含まれ、抵抗も出来無いままに身体を貪られた。
 生まれて初めて内部に性器を押し込まれ、最初の内は不快感に悩まされたが
 薬の効果も有ってか、最後の方は気持ち好くて仕方が無かった。
 それからは何度も何度も身体を貪られ、快感を教え込まれ、その度に何かが崩れてゆく感覚に襲われた。
 いつからか抵抗もしなくなると、祖父は優しく自分を抱いてくれて……愛している、と何度も囁かれたものだ。

「んっ、ぁ…あっ」
 内壁を擦られ、腰を打ち付けられ、今のようにはしたない声を上げ続けた。
「坊主…本当に、いい締まり具合だな…」
 荒い息を上げながら、呻き交じりに無精髭の男が、満足そうな声を漏らす。
 地面に敷かれたシートの上で、千尋は白い肌を露わにしながら四つん這いになっている。
 汗を伝わせながら自らも揺れ動く姿は淫靡で、相手の興奮を強めるには十分過ぎる程だ。
 触られずに放置されたままの性器は、先端から透明な雫を溢れさせている。
「ぁあっ、ん…ッ、も…っと、奥まで…」
「こうか?ほら、どうだ…いいか?」
 汚れた指が、千尋の白く汗ばんだ尻を掴み、激しく腰を打ち付ける。
 肉のぶつかり合う音が暗い屋外に響き、青年の声は更に誘うような甘ったるい声に変わった。
 けれど男は千尋の性器には決して触れず、自身の快感だけを追い求めている。

「あぁ…もう駄目だ、出すぞ、出すからな…!」
 後ろで腰を動かし続けている浮浪者がそう云った瞬間、千尋の目がある一点を捉えた。
 薄暗い中で見え難いが、誰かがこちらを見ている。
 男の驚きに満ちた表情を見る限り、偶然通りがかっただけなのだろう。
 それが、先程出会ったばかりの、理想通りの男だと云う事に気付くと、千尋の身体は更に熱を上げた。

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