Sweet Valentine Night…02
「もしも…もしもだよ?自分の恋人が、異性の香水とか付けて朝に帰って来たら…どうする?」
葵の発言よりも何処と無く淋しそうなその表情に、それが例え話では無いと察したのか
身を乗り出すように数人が更に迫って来るが、それは葵の護衛役を務める生徒達に阻まれる。
「そんな浮気するような女なんか、辞めちまえよっ」
「そうだよ葵ちゃん。むしろ、ソイツと別れて俺にしろよ」
護衛役の生徒達に阻まれてもめげず、誰かが叫ぶように声を上げると、
自分の方が良い事を主張し始める声がいくつか続く。
だが、これは至って普段と変わらない光景の為、葵は狼狽える事は無い。
「ありがとう、みんな優しいね…」
心中で不安を強めながらも、造り笑いを浮かべて礼を口にする。
今度は、上手く笑えたと自分でも思えた。
だが、胸は締め付けるように、痛みを感じる。
異性の香水を付けて朝帰りする事は、やはり浮気の可能性が高いのだと知り、気は落ちる一方だ。
「俺、ゲイじゃないけど…藤堂となら、付き合えるな」
「だよなー、マジで可愛いしさ」
耳に入った言葉が、冗談なのか本気なのか考える事もせず、葵は微笑を浮かべて礼を口にする。
生徒は男しか居ないこの学園で、かなりの人気者となっている葵が
そんな事をすれば、もうそれだけで生徒の大半は恍惚の表情を浮かべてしてしまう。
葵の人気は学園だけに止まらず、他校にすらファンが居る程のものだ。
――――容姿端麗で成績優秀、性格も良く魅力もあって、まさに帝葉学園の華。
などと中等部の頃から騒がれ、親衛隊のようなものも在る。
親衛隊の中では役割が決まっており、常に葵の傍に居て護衛する役割を持つ生徒さえ居る。
だが葵は、どれだけ周囲から褒められても人気が有ったとしても、
本当の自分は全く魅力的では無いし、性格も厭な方だと思う。
生徒や教師を上手くあしらう事も出来るし、簡単に騙す事だって出来る。
そんな自分など、周囲が云う可愛さなど欠片も無いと思い、その事実が更に劣等感を強めていた。
学園生活を送る自分の姿は、恋人には決して見せられるものでは無いと考えると、再び溜め息を吐きそうになる。
その瞬間、教室の出入り口付近が唐突にざわめき始めた。
「うお、南さんだ」
「み、南さん、今日もキマってますね」
次々に声が上がり、葵は驚いたようにそちらへと視線を向ける。
だが、周りを護衛役の生徒達が囲むようにしている為、見たくても相手の姿は見えない。
思わず席から立ち上がろうとした葵の前で、生徒の数人が身体を退けて一人の青年を通した。
目立つ鮮やかな赤髪にゴシック的なピアスや指輪、ブランド物のネックレスや
ブレスレット等を多く身に付け、何処と無く常人離れしている。
整った容姿と肩幅の広い、見事にバランスの取れた体躯は
全くアクセサリー負けしておらず、人の眼を惹き付けるには十分な魅力が在った。
「み、南…どうしたの?」
数少ない友人の一人、南
智朗の珍しい来訪を不思議に思いつつ、葵は相手を見上げる。
南の居る教室はかなり離れている為、やや面倒臭がりな彼は
特別な用事が無い限り、葵の教室に訪れる事は無い。
もしや昼食の待ち合わせ時間に、気付かぬ内に遅れていたのかと焦り、
時刻を確認するように葵は自分の腕時計へ視線を落とそうとした。
「…気になって、伝えようと思って」
南は唐突に窓を指差し、分かり難い言葉を放つ。
短すぎる所為で何を伝えたいのか、今一つ理解出来ない言葉を紡ぐのは、彼の個性的な特徴とも云える。
葵は差された指を辿るようにして、窓へ視線を向けた。
窓を通して見た冬の空は、少し暗く、寒々しい。
何が気になるのか分からずに視線をゆっくりと移動させてゆけば、
校庭には葉を落とした淋しげな木々が何処と無く哀愁を漂わせている。
寒々しい景色を眼にしていると此方まで淋しくなってしまいそうで、葵は一度、南へ視線を戻そうとした。
だが、正門前に眼を遣った瞬間、葵の身体は一瞬硬直する。
「あれ…多分、高級車」
南が短い言葉を続かせるが、葵はその一点から眼が逸らせずにいた。
繊細な美しさを纏う、黒い車が正門前で停められており、それに寄り掛かっている長身の男が此方を見ている。
遠目からでもその人物が誰なのか、葵には直ぐに理解出来た。
目にした光景が一瞬信じられ無かったが、男の姿に鼓動は速まり、身体の熱さえも上がってしまう。
珍しそうに窓の外を見始める生徒達など気にならず、葵は直ぐに帰り支度を始めた。
「南、ごめんね…僕、帰るっ」
葵の唐突な発言に驚いたのは南では無く、他の生徒達だ。
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