Sweet Valentine Night…03
一様に残念そうな声を上げ、中にはあの正門前に立つ男は誰なのか問う者まで居た。
護衛役の生徒達ですら詰め寄って来て、正門前の男とどんな関係なのかを尋ねて来る。
直ぐにでも男の元へ向かいたいのに、これでは時間が掛かってしまうと考えた葵は、少し辛そうな表情を浮かべて見せた。
「…実はちょっと、具合が…悪くて」
弱々しい声を出し、あたかも具合が悪そうな態度を取ると、
残念がっていた生徒達は態度を一変して葵の身体を気遣い始める。
「具合悪いって、何処が悪いんだ?俺が診てやろうか、」
「馬鹿、藤堂ホントに具合悪そうだから、そんな冗談云ってる場合じゃねぇだろ。大丈夫か、藤堂?」
「具合、悪い。…迎え?」
だが南の淡々とした短い言葉を耳にすると、教室内は一気に静まり返り、生徒達は怪訝な色を浮かべる。
南の言葉を理解出来る人は少ないが、そこそこ付き合いの長い葵には、理解出来る。
具合が悪いから迎えが来ているのかと、尋ねているのだ。
「うん、そうなんだ。だから、待たせちゃ悪いし…もう行かないと」
「具合悪いなら、俺が葵を家まで送ってやろうと思ったのに」
葵が言葉を放つと、直ぐに別の生徒が不満気な声を上げる。
すると葵は、申し訳無さそうな微笑を弱々しく浮かべて見せた。
「ごめんね?…でも、その優しい気持ち、すっごく嬉しいな…ありがとう、」
体調が悪くても、どうにか微笑んでいると感じさせるようなその微笑は、十分な魅力を持っている。
その場に居た生徒は幾人か赤面し、他も葵に見惚れると云った状態になっていた。
支度を終えた葵は、惚ける生徒達に言葉を掛ける事はせず、少しフラつく足取りで教室を出ようとする。
が、直ぐに護衛役の生徒の一人に、腕を掴まれてしまう。
「葵。正門前まで俺たちが送るよ」
真面目な表情で言葉を掛けられ、流石に断り辛くなる。
だが、生徒に囲まれて男の前へ向かうのは、どうにも気が引ける。
まるで自分が人気者だと云う事を見せ付けるみたいで、
朝喧嘩をした手前、嫌味か何かと勘違いされてしまいそうで嫌なのだ。
どうするべきか悩む葵の横へ、南がゆっくりとした足取りで寄って来た。
「俺、連れてく…葵、早く」
短い言葉を漏らし、護衛役の生徒の返事も聞かずに、南は教室を出ようと足を進める。
護衛役の生徒達は不満気な色一つ浮かべず、それ所か唐突に頭を下げて見せた。
「宜しくお願いします、南さんッ」
「南さんがガード役なら、俺らも安心です」
親衛隊の生徒達は同学年だろうと年上だろうと、大半は南に対して敬語を用いる。
葵の友人は親衛隊の中で優遇されており、外見とは裏腹に
根が真面目で仕事と学業を両立出来ている南を、憧れの的としている者は少なく無い。
生徒達が頭を下げる姿には、まだ慣れていない葵は半ば呆然としていたが、
南は構わず、まるで引き摺るように葵を連れて教室を出て行った。
昼休みの所為か廊下には生徒達の姿が多く、葵と南の姿を眼にした生徒達は
見惚れ、騒ぎ、中には携帯で写真を撮る者も居た。
「葵君だっ、取り巻きに囲まれていない葵君が居るっ」
「南さんも一緒だ……ま、眩しすぎる…」
興奮気味の声が四方から上がり、葵は居心地悪そうに目線を落とす。
生徒達に騒がれる度、居心地の悪い思いをするのは自信が無いからだ。
本当の自分は騒がれるような対象では無いのだと、そう思っているからこそ、余計に居心地が悪い。
だが、南は………
落としていた視線を上げた葵の眼に映ったのは、気にも留めていないと云うように、真っ直ぐ進んでゆく南の姿。
思わず手を伸ばし、葵は南の服を掴んでしまう。
足を止めた南はゆっくりと振り向き、怪訝そうに此方を見下ろして来た。
「ね、ねぇ…南、南は…気にならないの?」
声を潜め、思わず気になっていた事を口にしてしまう葵を眼にし、南は微かに眉を寄せた。
だがみなまで云わずとも理解したように、南は一度、周囲へ視線を向ける。
「別に。好きに騒がせとけば、いい。」
眼が合った生徒が赤面しようが卒倒しようが、全く興味など無いと云ったように、南は視線を戻しながら答えた。
「でも…み、南は…みんなが騒ぐ程の魅力が、自分に有るって思ってるの?」
………南は、自分に自信が有るのだろうか。
自信が有るからこそ、騒がれても気にせず、堂々と歩けるのだろうか。
答えを欲しがる葵の姿に、南は軽く息を吐き、少しばかり肩を竦めて見せた。
「あの人達は憶測の眼で俺を見て、騒いでいるだけだから。」
淡々とした口調で呟く南を、葵は呆然としたように見つめていた。
稀にだが、南は普通の言葉を返す事が有る。
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