Sweet Valentine Night…06
高級なスーツを纏い、男の色気すらも漂わせている彰人と比べると
制服姿の自分はあまりにも、この場に似つかわしくない。
その上、学生鞄と小さな紙袋がやけに浮いているように思え、
葵は少し落ち着かない様子で、周囲へ視線を走らせる。
突き抜けの広いロビーには、品の良さそうな人が数人居り、自分のような子供は何処にも見当たらない。
やや俯き加減になった葵は、今更ながら、帰りたいとすら思う。
「葵、どうした。まさか帰りたいと云うんじゃないだろうな、」
胸中を見抜いたかのように、問いながら近付いて来る彰人に
葵は焦りつつも首を横に振り、隠すように鞄と紙袋を後ろ手に持つ。
その行動を深くは追求せず、彰人はエレベータの方へと歩き出すが、
周囲を気にしている為か葵は少し離れて付いてゆく。
このホテル内で、彰人を藤堂グループの社長だと気付ける者が、どれだけ居るかは分からない。
けれど、居たとしたら――――。
この場に似つかわしくない者と歩いている、彰人の姿を見られてしまったら……
有名大企業の社長の名が廃るのでは無いかと、葵は思う。
すると彰人は、そんな葵の気持ちを察したのか踵を返し、
離れて歩く葵の元へ向かい、鞄と紙袋をさり気無く奪い取った。
「え、ちょっ…父さん、何で?返してよ」
「お前が人目を気にする事は無いだろう。堂々として居なさい、」
優しさすら感じられる程の、穏やかな言葉と魅力的な行動に、
葵は嬉しさで少し泣きそうになってしまう。
速まる鼓動と高まる熱を感じながら、彰人に付いてエレベーターに乗り込むが、
彼が持つ学生鞄と紙袋へ何度も視線がゆく。
それは彼にはあまりにも似つかわしく無く、やはり返して貰うべきか
葵は真剣に考えるが、返してとは中々云えずに居た。
どうしようか悩む葵の前でエレベータの扉が閉まった瞬間、彰人は唐突に、彼の細い腰を抱き寄せた。
「な、な…何、父さん、」
大人の男の手がしっかりと自分の腰を捕らえている感触に、葵の鼓動は更に速まり、体温が急激に上がってゆく。
「朝からずっとお預け状態だったからな。少しぐらい、触らせてくれても良いだろう?」
エレベータ内には二人以外、誰も居ないのを良い事に彰人は葵の腰を撫で、双丘へと緩やかに指を這わす。
「ぁ…ちょっと、待っ…んッ」
咄嗟に顔を上げ、抗議する為に開かれた唇は、彰人の口で強引に塞がれてしまう。
彰人の冷たい唇の感触に、心地好い寒気が背筋を走った。
何度か啄ばまれていく内に香水の移り香の事も、今はどうでも良いとすら思う。
自分の単純さに呆れるが、深く差し込まれた舌先に上顎を舐められ、舌を擦られると、何も考えられなくなる。
「…ん…ぅ、…はぁ…っ」
しがみつくように彰人の肩を緩く掴み、自らも舌を動かし始めたが、
反対に彰人は舌をゆっくりと抜き去り、少し身体を離してしまう。
「彰、人…?どうして…」
息を乱しながら物足りなさそうに言葉を掛けた途端、エレベータは停まり
扉が開くのを目にした葵はようやく、自分の居る場所が何処なのか遅れながら思い出す。
葵は慌てて彰人から離れ、高まる熱を抑えようと何度か深呼吸を繰り返した。
「彰人、ああ云う所で、あんな事しちゃうのは良くないと思う」
エレベータから降りると、咎めるような声が向けられるが
彰人は気にもしていないように薄く笑い、目を細める。
「良くない、と云っている割りには気持ち好さそうだったが?」
「うぅ…そ、それは…その……だ、大体、エレベータの中ってカメラとか有るんじゃないの?」
直ぐ様話を切り替えるように、言葉を放つ相手を一瞥し、彰人は足を進めながら口を開く。
「さっきのエレベータは特別だからな。そう云ったものは、一切無い」
「特別って…」
まさか彰人専用とでも云うのかと考える葵の前で、彰人は足を止める。
挿入口にカードを差し込んで抜き、彰人は部屋の扉を静かに開けて見せた。
「入りなさい」
短い言葉を掛けられ、先に部屋へ通された葵は、明かりが点けられた室内をゆっくりと見回す。
ヨーロピアン調の広々とした室内には大きなダブルベッドが二つ備えられており、壮観とも云える。
ベッドを見つめていると、葵はつい、彰人との淫らな行為を思い浮かべてしまう。
記憶に浸るように、小さな吐息を漏らす葵の後ろで彰人は脱いだコートを窓際の椅子へと掛け、紙袋を机の上にそっと置く。
そうしながらも、葵がいやらしい事を考えている事に直ぐに気付き、クスリと甘く笑った。
「葵、何を考えているのかな?」
「ぁ…っ」
唐突に背後から、敏感な耳元で囁かれてしまい、葵の背筋に寒気が走る。
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