Sweet Valentine Night…08

 震えた声で正直な言葉を返すが、彰人の高そうなスーツが
 涙で濡れてしまうと考えた葵は、肩口から直ぐに顔を離した。
 だが彰人は身体を少し捻って振り返り、葵の華奢な身体を抱くと半ば強引に、広いソファーへ引きずり込んだ。
「と、父さ…ンぅ」
 驚く葵の言葉ごとその口を塞ぐが直ぐに唇を離し、垂れた前髪を掻き上げる。
 その仕種に魅入っている葵の目元を指で撫で、彰人は目を細く眇めた。

「お前のそう云う、素直に自分を子供だと認められる所は、嫌いでは無いよ。」
 低く静かな声で紡がれた言葉に、葵の胸が高鳴る。
 高揚する感情を静めようと、葵は何度か深呼吸を繰り返した後、躊躇いがちに彰人と眼を合わせた。
「認めてても直せないと…成長出来無いと、意味無いよ。」
 完璧な人間性を求めているような葵の発言に彰人はやれやれと、半ば呆れたような呟きを漏らす。
「お前はもう少し、自分を褒めてやった方がいいな」
「え、…どう云うこと?」
「あまり気を張り詰めない方がいいと云う事だ。
自分を責め過ぎても虚しさが募るだけで、いつかお前の心が疲れてしまうよ」
 優しさが感じられる彰人の言葉に、想われている事を理解し、幸福感で胸が熱くなる。
 だが自分を褒めると云う部分だけには頷けず、葵は少し困惑しながら、ゆっくりと首を横に振った。
「でも、自分を褒めるなんて…そんな事したら、自分を甘やかしちゃうじゃん」
「褒めるのと甘やかすのは、違うだろう」
 低く明瞭な言葉が注がれて思わず眼を見開いたが、やがて納得したように
 葵は何度か頷き、掛けられた言葉を頭の中で反芻する。
 ちゃんと言葉を呑み込もうとしている葵の姿を目にした彰人は、
 そう云う所も、自分にとっては好ましい一面なのだと考えていた。

 彰人からして見れば、葵には良い所が沢山有るように思える。
 けれど本人が、自分は短所だらけだと云い切り、他人が幾ら褒めたとしても
 劣等感が壁を作っている為に、それを素直に受け入れる事も出来無い。
 不憫な子だと思うが、そんな葵だからこそ可愛らしいのだと思ってしまう辺り
 自分が一番気の毒なのかも知れないと、彰人は心中で苦笑した。

「自分に厳しいのも良いが…お前の場合、もう少し自分に優しくしてやりなさい。」
 穏やかな口調で言葉を掛けながら、彰人は葵の頭を優しく撫でてやる。
 優しい手付きがあまりにも心地好く、あまりの嬉しさで葵の口元は緩んだ。
「うん…でも僕、自分を褒めるより、彰人に褒められた方が幸せ感じちゃうな…」
 幸せそうな笑みを零し、くすぐったそうに言葉を紡ぐ葵は、本当に可愛らしい。
 魅かれるように額へ軽く口付けると、葵は一瞬瞠目し、徐々に頬を赤く染めた。
「彰人の云う通り自分に優しくなったり…ちゃんとした人間になれたら、もっと沢山褒めてくれる?」
 赤面しながら上目遣いに、控え目に尋ねて来る葵が、少しいじらしくも思える。

 ちゃんとした人間になど別にならなくても良いし、葵が幸せな日々を過ごせるだけで十分満足だと云うのに。
 完璧な人間性を求めていながら空回りしている葵は、本当に不憫な子だ。
 理想に近付けないと嘆いて、自分を責めて追い詰めるようになった時には
 少しでも楽になれるように、何かしてやろうと考えながら、彰人は喉奥で低く笑った。
 本当に自分は、葵には甘いなと、つくづく思う。

「どう褒めて貰いたいのかな?」
「ゃ…っ、」
 耳元へ顔を寄せ、吐息混じりに囁いてやると、葵は身体を震わせた。
 葵の反応を堪能するようにじっくりと眺めながら彼の制服の釦へと手を掛け、手慣れたように片手で外してゆく。
 脱がした上着をソファーの背に掛け、シャツの釦も同様に外す。
「ど、どうって、普通に…ぁっ」
 前をはだけられ、露わになった素肌を指でなぞられると、思わず声が上がる。
 咄嗟に、しがみつくように彰人の首へ両腕を回して絡め、上がる体温に悩むように葵は浅い吐息を漏らした。
 葵の目には、少しばかり物欲しそうな色が浮かび始める。

「普通に?…そう云っている割りには、顔がヤラシイぞ」
 揶揄混じりの彰人の言葉に、カァッと顔が火照る。
 だが視線は逸らさず、我慢出来ないと云った様子で、葵は自ら唇を重ねた。
 軽く啄ばむような口付けをし、舌先で彰人の唇を何度か舐める。
 そんな葵の姿を満足気に眺めながら、彰人は感触を愉しむように葵の肌を指でなぞり上げる。

「…褒めて欲しいなら、幾らでも褒めてやる。……まあ、お前の云う短所は私には短所とは思えないが、」
「え、それって、どう云う……ひぁっ」
 問い掛けた言葉は、少し強めに乳頭を抓られた所為で、悲鳴じみた自分の声に消されてしまう。

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