Forget me not…05

 もし僕が、誕生日は彰人が仕事だから一緒には居られないんだよ、
 なんて言っていたら…彼は激怒して、免許も無いのにバイクで彰人の会社に突っ込みそうだし。
 それぐらい、中学時代の彼は本当に手が付けられない程の暴れん坊だった。
 最近は結構穏やかになったみたいだし…言っても平気なのかな?
 一応十分に警戒して、雪之丞の反応をチェックするように見ながら口を開く。
「あのね、雪…実は僕、誕生日は彰人と過ごせないんだ…」
 気まずそうに告げる僕を見ても、雪之丞は意外にも「ふぅん」と軽い返事を口にするだけだった。
 彼の珍しく大人しい態度に、僕は驚きで目を丸くしてしまう。
「で、どうして過ごせないの?」
「え…えっと、大きな社交パーティが有るから」
「どうして葵は出ないの?」
「えっ…?」
 思わず聞き返してしまう僕に、雪之丞はじっと僕を見ているだけだった。
 どうして、と訊かれても…。
 返答に困っていると、雪之丞がその容姿には似つかわしくない舌打ちを零した。
「彰人さんの息子だったら、そう言う所にも出れるんじゃないの?」
「…彰人は、僕が息子だって世間に公表してないから」
 当然の様に僕が言うと、雪之丞は呆気に取られたような表情を浮かべて見せた。
 そんな顔がとても可愛くて、思わず少しだけ見惚れてしまう。
「公表して無いって…何ソレ?」
「多分…公表しちゃったら、僕の身が安全じゃなくなるからじゃないかなぁ」
 直接彰人から聞いた訳じゃないけれど、多分そうだと思う。
 有名大企業の息子なら、きっと危険は付き物だろうし、
 もしかしたら誘拐とか、そんな事だって有るかも知れないし。
 そう考えたら、僕が息子だと公表されない方が、安全だと思う。
「秘書の坂井から聞いた話だと、僕の影武者って言うか、凄腕の身代わりみたいな人が居るらしいよ」
 会った事は無いんだけど、と付け足して、空を仰いだ。
 雪、降らないかなぁ…なんて考えてみたけど、もし雪が降るなら彰人と二人っきりの時に見たいなぁ。
「ふぅん、身代わり…ねぇ。何か葵、可哀想…」
 何が可哀想なのか分からなくて、思わず「え?」何て訊き返したりしてしまう。
 視線を雪之丞に戻して、小首を傾げた。
「だって公表されていないって事は、息子として認めて貰って居ないって事になるんじゃないの?
…それに、その身代わりの人の方が、彰人さんの傍に多く居られるんだろ?」
 雪之丞の言葉に、ドキリとしてしまう。
 息子として、認めて貰って居ない?
 だったら僕は…いつか、捨てられてしまうのだろうか。

「ち、違うよ…彰人は僕の安全を考えてくれてるんだよ」
「彰人さんがそう言ったの?」
「それは…」
 言葉に詰まると、雪之丞は「やっぱり」とでも言いたそうな視線を向けて来る。
 どうして今日は、こんなに突っかかって来るんだろう。
 それに、その…身代わりの人が、彰人の傍に多く居られるって…確かにそうなのかも知れない。
 けど、どうしてそれを言って来るんだろう。
 雪之丞は…僕の事が嫌いになったのかな。
 そう思うと何だか涙が出そうで、いけないと思って、必死で抑え込む。
 こんな事ぐらいで泣いてしまうようでは男として駄目だし、
 彰人が自分の息子なんだと言えるように、しっかりとした人にならないと。
「きっといつか、僕がもっとちゃんとした人間になれば…彰人だって公表してくれるよ」
 まるでちっちゃな子供が口喧嘩しているみたいに、少しムキになってしまう。
 そうだよ、もし雪之丞が言うように僕を息子として認めていないのだとしても…
 それは僕がしっかりしていないからだ。
 僕はもっと、しっかりした、完璧な人間にならないと駄目なんだ。

「案外、彰人さんと血が繋がって無かったりして…」
 鼻で馬鹿にしたように笑いながら、雪之丞は尚も突っかかって来る。
 本当に今日は、どうしたんだろう。
「そんな訳無いよ。彰人は、僕の父親だよ」
 流石の僕でも今日の雪之丞の態度にはムッとして、少し不機嫌な口調で言い返した。
 彰人は確かに僕の父親だ。
 そりゃあ…赤ちゃんの頃から育てて貰っていた訳じゃないけれど…。
 そう考えると、彰人と出会った頃の事が頭の中に浮かんで来る。
 幼い頃、彼と初めて出会ったのは…母親の葬式の席だった。
 当時、とても病弱だった僕は、いつもの喘息の発作と、母親が死んだと言うのに
 泣きもしなかった事が合わさって母の結婚相手の逆鱗に触れてしまったのだ。

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