Forget me not…11
「彰人…?」
驚いて咄嗟に彼を見つめると、目線が同じ高さだと云う事に気付いた。
あの、有名大企業の社長である彼が、床に膝をついて僕と同じ目線で居るのだ。
それに気付いただけで僕の動機は速まって、身体が熱くなって来る。
「彰宏は…お前に何を言ったんだ?」
低くて穏やかな、優しい口調で尋ねられ、僕は軽く俯いて首を弱々しく振った。
別に何も言っていない。
多分、本当の事を言っただけだ。
それに対して弱い僕が勝手に傷付いただけだもの…彰宏は悪くないんだ。
「葵…いい子だから、ちゃんと言いなさい」
優しくそう言われて、頬に彰人の温かい手が添えられて、胸が苦しくなる。
そんな風に優しくされたら、僕は甘えてしまう。
みっとも無く、格好悪く縋ってしまう。
「彰人…」
僕の前で床に膝を付いている彼の首へと、きつくしがみつくように抱き付いた。
どうしようも無い程、僕は馬鹿だ。
「ふ…ぇっ」
彰人にしがみついたままで声を殺しながら一人で涙を零していると、彰人の溜め息が聞こえた。
「もう一度訊く。…彰宏はお前に何を言った?」
話しなさい、と穏やかな口調で言われても、もう何が何だか分からない。
頭の中はぐちゃぐちゃして、何から話して良いのか分からなくて……
ただ首を横に振って、ぼやけた視界で彰人を捕らえる。
「頭撫でて…僕にも…優しい言葉、頂戴…っ」
泣きじゃくりながら子供みたいな事を言う僕に、彰人は呆れた溜め息を漏らす事も
迷惑そうに叱る事も無く……本当に、頭を優しく撫でてくれた。
いつもの彰人なら、自分の質問に絶対答えさせようとして来るけれど、
僕が本当に辛い時は答えさせる事なんか後回しにして、誰よりも何よりも優しくしてくれる。
「全く、何を言っているんだお前は…」
とか迷惑そうに言いながらも口調は心配そうで、僕の頭を撫でてくれる手付きはとても優しい。
そのお陰で何とか涙は止まり、頭を撫でてくれる手の感触にまるで集中するように目を閉じる。
ゆっくりと優しく撫でてくれる感触が心地好くて…
でも、この感触を僕よりも多く彰宏は味わっているのかと思うと、醜い嫉妬は僕の中で膨張してしまう。
「彰人…キスして…」
無意識の内に自分の唇から漏れた言葉に、僕自身が驚いてしまう。
慌てて彰人の首に抱きついていた手を離し、今の言葉は
無かった事にして欲しいとでも云うように、僕は赤らんだ顔を背けた。
「今日は何時もより甘えて来る上に、我儘だな…」
彰人が魅力的な微笑を浮かべながら低い声で囁いて、無造作に前髪を
掻き上げるものだから…僕の鼓動は早鐘みたいになってしまう。
それだけじゃなくて…身体は熱くなるし
下腹部は疼き始めるしで…ホントにどうしようも無い。
抑えが効かない自分の体が恥ずかしくてつい俯いていると、彰人の綺麗な指にそっと顎を掴み上げられた。
ドキリとして彰人を見つめると、美形と呼ぶに相応しいハンサムな顔が、ゆっくりと近付いて来る。
あまりにもドキドキし過ぎて硬直していると、彰人の柔らかい唇が重なった。
キスなんて、彰人以外とした事無いから、他の人はどうか知らないけれど…彰人の唇は少し冷たくて、気持ちイイ。
触れるだけの軽いキスだろうと、うっとりするぐらいに気持ち好くって仕方ない。
「彰人、もっと…」
彼の唇が離れると、何だか淋しくて淋しくて、僕はついそうねだってしまう。
僕のその言葉に、彰人は喉の奥を鳴らすような笑い声を響かせ、再度キスをくれる。
触れるだけの軽いキスじゃなくて、今度は深い深いキス。
軽く唇を開くと、ゆっくりと口内に彰人の舌が侵入して来る。
「ふぁ…ん…んぅ…っ」
舌をなぞられて軽く吸われると、ゾクゾクと快感の寒気が身体中を駆け回ってゆく。
気持ち好くて気持ち好くて、どうにかなっちゃいそう。
冷たい唾液を注がれても快感に夢中になって、飲み込む事も上手く出来ずに、
口端から淫らに少しだけ唾液が零れ出してしまう。
そんな僕を彰人は責めたりせず、満足気に目を眇めながら見つめて来るもんだから、堪らない。
「葵…次はどうして欲しい?」
ゆっくりと糸を引きながら舌を抜かれ、その淫靡さについ興奮していると…
気を抜けば、気絶してしまいそうな程に魅力的な、低く甘い声で尋ねられる。
この声で囁かれれば、落ちない女性は居ないだろうってぐらいに、響きは良くて魅力的で…
僕はまるで彰人の虜であるかのように、うっとりとしていた。
いや、実際に…虜なんだけど。
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