Forget me not…15
ソファ…汚れちゃったんだ。
恥ずかしさでまた体温が上がって、顔が熱くなる。
そんな僕を食い入るように、じっと見つめている彰宏へと視線を戻し、気まずそうに唇を薄く開いた。
「あ、彰宏こそ…どうして此処に?」
「え…俺?俺は…その、彰人さんに捕まらないようにと…」
「…逃げてるの?」
首を傾げながら尋ねると、彼は軽く頷いて見せた。
そして気まずそうに僕を一瞥して、その綺麗な顔には似合わない苦笑を浮かべる。
「直ぐに仕事を終えたは良いんだけどさ…彰人さん、かなりキレてたから」
だったら尚の事、此処に居ない方が良いんじゃ…。
そう考えていると、まるで僕の思った事を察したように、彰宏は「大丈夫だよ」と囁いた。
「彰人さん、客と会ってるからね。後十五分ぐらいは戻って来ないよ」
にこやかに笑いながらそう言われるけれど、正直、僕はこの人の傍に居たく無い。
僕はホント、彰人が絡むと心が狭くなる。
「あの、さ…此処に来た事は黙っていてあげるから、早く行った方が良いよ…?彰人、怒ると恐いだろうから」
どんなに怒っても、彰人は一度も僕に手を上げた事は無いけど。
彰人が怒って僕にする事と言えば…ツラーイお仕置き程度。
お仕置きだろうと僕は結局感じちゃうって事は、この際置いといて。
廊下で僕が格好悪く泣いてしまった時、彰人は一度も僕には放った事の無い、冷たい声を彰宏に放っていたし。
そう考えると、怒った彰人は僕以外の人には、
かなり恐ろしい存在と化すんじゃないかなぁ…って、自惚れたりしてしまう。
「そうだなぁ、怒った時の彰人さんのお仕置きって…ツライからなぁ」
…え?
一瞬、彼が何を言ったのか分からなくて、呆然としたように彰宏を見つめた。
お仕置き?
思わず、僕がされているようなお仕置きを考えてしまったけど、そんな事有る筈が無い。
「た、例えばどんなお仕置き?ご飯抜かれちゃったり…とか?」
作り笑いを浮かべながらふざけたように尋ねるけれど、内心はビクビクしてしまう。
彰人は絶対、僕以外とエッチはしないって信じてるけど……
でも、もしも彰宏ともしていたなら、僕は――――。
「何言ってるんだよ、そんな軽いモンじゃないだろ?……彰人さんを怒らせたら、葵もされる事だよ」
クスクス笑って目を眇めながら僕を見つめて、彰宏は顔を近付けて来る。
あまりのショックで、身体が動かない。
今、彼は何て言ったんだろう?僕もされる事?
そんな筈無いよ、そんな筈…。
「彰人さんて、息子に手を出すのが好きなのかな?中々イかせてくれないしさぁ…鬼畜だよな」
震えている僕の頬を撫でながら、彰宏は楽しそうに語った。
一瞬で、目の前が真っ暗になる。
嘘だよ…嘘だ。
彰人がそんな、他の人となんて……。
「う、嘘だよ…そんな、彰人はそんな事しないよ…」
「自分の知っている彰人さんが、全てだと思わない方が良いんじゃないかな?」
震えた声でやっとそれだけ答えたけれど、いとも簡単に僕の言葉は切り捨てられた。
ショックを受けている僕なんかお構いなしに、彰宏は耳元に唇を近付けて来て…
「葵よりも俺の方が大切だって、言ってくれたよ。可哀想な葵は…捨てられちゃうのかな?」
プツ…っと、何かが切れたような音が頭の中で響いて、僕は気付くと彰宏を押し戻していた。
バランスを崩した彰宏は、フラ付きながら数歩後退り、驚いたように僕へと視線を注ぐ。
けれど僕は椅子の上で膝を抱えて、彰人の上着を頭から被った。
まるで…まるで自分だけの殻に閉じこもるみたいに。
幼い子供が、恐いモノから逃げるように。
膝に顔を押し付けて、耳を塞いだ。
何も、聞きたく無かった。
何も、見たく無くて――――
このまま、消えてしまえれば良いのに…なんて、非現実的な事を考えて、僕は目を瞑った。
「失礼します。視察から戻りました所、問題がいくつか見受けられ…」
耳を塞いでも音を完全に遮断する事は出来ず、誰かの声が室内に響く。
それに対して、彰人の居場所を彰宏が教えているけれど、僕は動こうともしなかった。
「あぁ、彰宏君…社長が君を見掛けたら、自分の所へ来るよう伝えろと言っていましたよ」
「そうですか。じゃあ、行くついでに俺がそれ持って行きましょうか?」
彰宏の言葉に、もう一人の人物は丁重に断っていて…
上着一枚隔てた向こう側で聞こえる声が、まるで別世界みたいだ。
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