Forget me not…17
異常な事態に焦っていると、飲み込んでしまった飴の事を思い出す。
手作りのお菓子――――やっぱり、食べたらろくな目に合わない。
「葵君…どうしました、熱が…有るようですが、」
坂井の大きな掌が額に当たって、それだけで身体は興奮してしまう。
せめてもの救いは、今効いているモノが、それ程強烈じゃないって事だ。
幼い頃食べたお菓子の中に入っていたクスリは、それはとてもとても強烈だったし。
1日中効きまくりで、身体に触られただけで感じちゃう程のものだったから……それに比べたら、全然良い。
「へ、平気だから…もう、行っていいよ…」
どんなに普通の言葉でも、声が甘くて誘うようなもので…何だか堪らない。
これじゃあ、坂井を誘っているみたいじゃないか。
そう考えて、直ぐに彼に抱きついている腕を解こうとしたその時だった。
スムーズに社長室の扉が開かれて、入って来た男がこちらを直ぐに見てしまう。
はたから見たら、僕は坂井の首に抱き付いてて、顔を赤らめて少し息を乱している訳で。
坂井は僕を抱き締めても居ないから、まるで僕が誘っているように思える訳で。
「これはこれは…何とも面白い事をしているじゃないか、」
目を眇めながら男が胸の前で腕を組み、こちらを見つめている。
慌てて坂井を解放するけれど、男の視線は責めるように僕一人へと向けられている。
「それで、坂井。視察の方はどうなった、」
永遠に睨まれ続けるのかと思いきや、彼は直ぐに視線を坂井へと向け、仕事の話をし始める。
坂井も最初は躊躇っていたが、直ぐに気持ちが切り替わったのか、
机の上に置いてあった封筒を持って彼の方へと歩み寄る。
「問題がいくつか見受けられました。先ず、これをご覧下さい」
「…去年よりは少ないな。それと、CRK社長夫人の件だが…」
何だか僕には全然分からない仕事の話をされて、置いてけぼりになった気分。
でもそれよりも、じわじわと内壁が疼くような感覚を、早くどうにかしたい。
二人が真面目な話をしているのに、僕一人だけムラムラしてるなんて、馬鹿みたいだ。
そう考えると、何だか自分がとても恥ずかしい生物みたいで、膝を抱えながら背を丸めて俯く。
ホント、どうしよう…。
「では、そのように手配して置きます。」
「あぁ…頼んだぞ、」
一人でオロオロしていると、仕事の会話が終了したらしく、坂井は軽く一礼してから部屋を出て行った。
ドアが閉められて、暫く部屋が静寂に包まれる。
「さて…」
部屋の沈黙を打ち破ったのは、他でも無い彰人の一言。
唐突な言葉に一瞬ドキリとし、膝に掛けられた彰人の上着を、震えた手で掴んだ。
坂井に抱き付いていた事を怒られるだろうか。
それとも、彰宏の事だろうか。
考えると体は震えて、恐くて彰人が見れない。
場の雰囲気も僕の不安も無視して、身体は興奮しているのが、とても遣る瀬無い。
「これから客が来るからな…終わるまでお前は此処で待っていろ。後で私が家まで送ってやる。」
「はい…」
まるで何事も無かったかのように語る彰人を不思議に思ったけれど、
顔を上げられずに俯いたままで答える。
でも僕は気まずいままで…これじゃあ彰人に「興奮している身体を何とかして」なんて、頼めるワケが無い。
だから彼が気付かないままで居てくれるようにと願い続けた。
「しかし…お前には失望した」
「…え、」
唐突な彰人の言葉に、心臓を鷲掴みされたような感覚を得て、恐る恐る顔を上げた。
いつの間にか彼は僕の目の前まで近付いていて、冷たくこちらを見下ろしている。
「私が居ない間に坂井を連れ込むとは…何処でそんな事を覚えた?」
「つ、連れ込むって…」
そんな事はしていない、と言おうとするけれど、彰人の鋭い視線がそれ以上言葉を紡ぐ事を許してくれない。
責めるような彰人の視線が痛くて、僕は下唇を強く噛み締めた。
「じ…自分だって…彰宏と…し、してる癖に…」
目を逸らして振り絞るように言うけれど、彰人の返答が一向に聞こえない。
そんな事が有る訳無いだろう、とか…どうして否定してくれないんだろう。
本当は否定して欲しかった。
そっと彰人へと視線を戻すと、ばっちりと目が合ってしまう。
慌てて視線を逸らした瞬間、彰人の溜め息が聞こえた。
「彰宏がそう言ったのか?」
違うなら違うとハッキリ言って欲しいのに…
そう考えながら頷くと、彰人はまるで小馬鹿にするみたく鼻で笑って来た。
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