Forget me not…24

 母さんはやっぱり、あすこに眠っているんだ。
 そう思って礼を言い、立ち上がって急ぎ足で家を出ようと進み出した僕へ…
「しかし立派になったなぁ葵…あいつも、葵はいつか素晴らしい人間になるって、言ってたぞ」
 そんな言葉が、後ろから掛けられた。

 僕は……何も言えずに、家から出て行った。



「ごめんなさい…」
 母の墓の前で、最初に発した言葉はそれだった。
 僕は、素晴らしい人間にはなれなかったのだ。
 それ所か、彰人に嫌われたら生きていけないなんて事を考える程、
 弱くて情けない人間になってしまったのだ。
 そしてこれから、死のうと考えている親不孝な子供でもあるのだ。

 ごめんなさい。
 せっかく産んでくれたのに、何一つ期待には応えられなくて。
 昔から迷惑を掛けてごめんなさい。

「ごめ…なさ…っ」
 情けなくて、涙が零れた。
 出来る事なら、期待に応えたかった。
 でももう、僕には何も無いから。
 生きてゆく事も、出来無いから。

 お母さんが生きていてくれれば、少しは考えも変わっていただろうか。
 でも、彼女が生きていたら彰人には出会えなかった。
 彰人に出会わなければ良かった、なんて思えないから……僕にはきっと、母が亡くなっていた方が良かったのだ。
 母さんが生きていても、彰人と出会えていない人生なんて、要らないから。
 こんな僕はきっと、死んだら地獄行きだろうな。
 きっと、お母さんの死を悼めない僕に、罰が下ったんだ。
 彰人に捨てられるって言う、一番辛い罰。
 急に、何かが弾けたように力が抜けて、地面に膝をついて、泣いた。
 馬鹿みたいに謝罪を繰り返しながら、誰も居ない墓地で泣き続けた。

 ――――ごめんなさい。
 僕は…最低な人間なんだ。








 泣くだけ泣くと気持ちがやっと落ち着いて、時計を見るとお昼近くになっていた。
 ズボンについた泥も払わずに、そのままフラフラと歩き出す。

 ―――――何処へゆこう。
 何処に行けば、あまり人目につかず確実に、僕を消せるんだろう。
 ぼんやりとそんな事を考えていると、急に後ろから腕を掴まれた。
 思わず掴まれた腕へと視線を向けると、成人男性の大きな手が視界に入る。
 一瞬、彰人が来てくれたのかと思って、振り向いた。
 けれど、そこに居たのは義理の父親だ。
 まだ何処かで期待している自分が居た事に気付かされ、僕は少しだけ目を伏せた。
 どうして、諦められないんだろう。
 僕はもう、生きる事をやめようとしているのに。
 期待するだけ、虚しいのに。
「葵、遅いから心配したぞ。…どうした?瞼が腫れているし、目も赤いな」
 心配そうに顔を覗き込んで、まるで慰めるように頭を撫でてくれるものだから、胸が熱くなる。
 泣き過ぎて瞼は重いし頭も痛いから、やっぱり人から見て分かるぐらいに腫れているんだろう。
「そらおいで、家に戻ろう」
 優しく言われて、つい僕は頷いてしまう。
 母に挨拶を済ませたら、ここには戻らないつもりだったのにと、家へ連れ込まれた僕は自分を責めた。
 どうしてさっさと何処かへ行かなかったのだろう。
 もっと早くあの場から離れていれば、見つからなくて済んだのに。
 泥や埃が付いた服を着替えて、サイズが大きい服の裾と袖をめくる。
 冷えタオルを腫れた瞼に当てがっていると、心配そうに男は僕の前へと座り込んで来た。
「あの人と、何か有ったのか?」
 あの人…とは、恐らく彰人の事だろう。
 僕はゆっくりと首を横に振って、苦笑を浮かべた。
「お母さんがもう居ない事が、とても悲しくて…高校生にもなって、変ですよね」
「変じゃないさ。…確か、明日で17歳だったなぁ」
「憶えていたんですか、」
 僕の誕生日を彼が覚えていたと云う事に、いささか驚きを得た。
 驚く僕の前で、彼は当然だと言うように頷くものだから、何だか嬉しい。
「葵…今日はここに泊まって行け。久し振りに…ゆっくり話したいんだ」
 男の言葉に、それも良いかも…なんてぼんやり考えたけれど、直ぐに彰人の顔が浮かんだ。
 それだけで胸がズキリと痛んで、泣きたくなる。
「ごめんなさい…僕、帰らないといけないんです。」
 ――――――帰る場所なんて、無いのに?

「……父さんが、待っているから」
 ――――――もう、彰人には捨てられたのに?

 嘘を吐くのが虚しく感じたけど、タオルの冷たさに心は直ぐに落ち着きを取り戻した。

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