Forget me not…26
信じられない。
どうして僕は、いつもこんな目に合うんだろう。
「どうして…っ」
釦を全部外され、露になった肌へと手を這わせられ、震えた声が漏れる。
感触を確かめるように撫でて来る手付きが気持ち悪くて、下唇を噛み締めた。
「どうしてだって?…葵が悪いに決まっているだろ?こんなに可愛くなって…」
「ひ…ッ」
乳首を急に抓られて、悲鳴が零れた。
全然気持ち良くなんか無い。
恐くて、そして凄く気持ち悪い。
「悪いのはお前だ、葵。…お前の身体が魅力的過ぎるのが悪いんだ…お前が悪いんだ…」
まるで自分は全然悪く無いように言われて、僕は目を伏せた。
僕が悪いと言うのか。
学校や外でもしょっちゅう襲われるのは、みんな僕の所為なのか。
それなら……。
どうせ彰人に捨てられた身体だもの。
彰人に好かれなければ、全く意味の無い身体だもの。
そんなものはもう……
―――――要らないよ。
そう考えた瞬間、玄関の扉が数回ノックされて、男が舌打ちを零した。
「くそっ、また借金取りか…」
それでも構わず男が僕の乳首を弄って来るものだから、
僕はそっと目を閉じて―――――自分の舌を、噛み切ろうとした。
その瞬間、派手な音を立てて扉が開き、あまりの事態に驚き、
舌を噛み切ろうとした動きが止まって硬直してしまう。
蹴り破られたと思われるドアを見てから、そっと目線を上げた。
「やれやれ…葵、お前は目を離してられんな…」
低くて耳に響く程の、魅力的な声でそう言った人物は、土足で家の中へと上がって来る。
長身で、逆らえない雰囲気を纏いながらゆっくりと、無駄の無い動作で歩く彼はとても魅力的で…。
そして端整なその顔は何処か不機嫌そうで、鋭く冷ややかな眼差しで、こちらを見つめていた。
正確に言うと、その冷たい視線は、僕を襲い掛けた男へと向けられている。
僕は何が起こったのか理解出来ず、どうして彼が此処に居るのか分からずにいた。
呆然としている僕には構わず、彼は男を唐突に蹴り飛ばし、僕の上から強引に退かす。
蹴り飛ばされて壁にぶつかった男は苦しそうに呻きながらも、恨めしそうに彼を見上げている。
けれど彼は、そんな男には目もくれず……冷たい床にへたり込みながら
壁に背を付けて怯えている僕を、静かに見下ろしていた。
震えている身体に手を回して、自分を抱き締めながら、僕は頭が上手く働かない事に苛ついてしまう。
どうして彰人が、此処に居るんだろう?
明日は大事なパーティが有るのに、こんな所に居たら駄目なのに。
「葵…」
名前を呼ばれて、身体がビクリと跳ねる。
恐る恐る彰人を見上げると、彼は急に僕を抱え上げ、肩に担ぎ出した。
「宮下、鳴瀬…後始末は頼んだぞ」
彰人の言葉を耳にして、玄関に二人の男が立っているのに気付いた。
後始末って…まるで人殺しでもするみたいな響きだ。
言葉を掛けられた二人の男は、深々と彰人に向かって頭を下げ、
彼はそれきり何も言わずにその二人の間を通り抜けてゆく。
「後始末って…」
「ドアを壊した上に、多少の暴力をふるってしまったからな…
後々厄介な事にならないよう、今の内に抑えておく必要が有る。
そう云う面倒な仕事は、あいつらの得意な分野だ」
つまりは…交渉人みたいな人達なのだろうか。
それとも、穏やかに話し合い…なんてしないのかも知れない。
だって鳴瀬って呼ばれた人は、手にカメラを持っていたもの。
きっと僕が、あの男に組み伏せられた所を撮ったのだろう。
その写真を使って、あの男を脅すのかも……。
そう考えると、さっきの出来事が頭をよぎって、身体が震えた。
「どうして…?」
ぽつりと言葉を漏らすけれど、彰人は何も答えなかった。
嫌に大きいベンツのマークが、何だか輝いて見えた。
車体は真っ黒な上に後部座席のスモークガラスが怪しくて、何だかあの世往きの乗り物みたいだ。
もしも、さっき舌をちゃんと噛んでいて、今僕は死んでいるのだとしたら……
そして死神が彰人だとしたら、僕は神様に礼を言わなければ。
最後の最期に、大好きな人に会えたんだ。
もうそれだけで、十分幸せだもの。
助手席から降りて来た坂井が、後部座席のドアを開けた。
その仕種がとても手馴れていて、そして様になっている。
彰人はドアが開けられたベンツの後部座席へと、肩に担いだままの僕を押し込んだ。
そのままシートに押し倒され、身体が強張る。
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